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10月14日、東京タワーが完成(開業は12月23日)。前年6月29日に着工し、わずか1年3ケ月で竣工を迎えた。333メートルという高さは、当時の世界一。まさに、高度成長期に向かう日本の勢いを象徴する存在だった。当時のテレビは、まだNHK・日本テレビ・KRテレビ(現TBS)の3局だけで、映像も白黒。「♪どこの誰かは知らないけれど~♪」の「月光仮面」や、「ハイヨー、シルバー」でお馴染みの西部劇「ローンレンジャー」などが人気を集めた。
元日本兵の横井庄一さんがグアム島で発見され、沖縄が日本に返還されるなど昭和史に残るニュースが続いた。また、音楽業界では、よしだたくろうの「結婚しようよ」や「旅の宿」などが大ヒットし、日本音楽界にフォークというジャンルが定着した。
山口百恵、森昌子、桜田淳子を生み出した「スター誕生」や「夜のヒットスタジオ」など、歌番組が人気。オイルショックで深夜放送が自粛された年でもある。一方、4月には「ひらけ!ポンキッキ」「ドラえもん(日本テレビ版)」「新八犬伝」などの子ども向け番組もスタート。
「8時だヨ!全員集合」では"ちょっとだけよ!"の加藤茶が、「うわさのチャンネル!!」では"ゴッドねえちゃん"和田アキ子とせんだみつおが人気を独占していた。"いったい日本はどうなるのだ"と心配もされたが、そんなことはどこ吹く風のテレビ界であった。
夕方には「レッツゴーヤング」でアイドルが歌い踊り、ゴールデンタイムには家族で「寺内貫太郎一家」を見つつ食卓を囲み、そして9時からは、お父さんが"ちょっとキザな"磯村尚徳の「NC9」 で1日を振り返ると、それぞれの世代が楽しめる番組が百花繚乱の春であった。
V10を逃した巨人の長嶋茂雄が引退し、海の向こうではウォーターゲート事件で大統領が辞任。1つの時代の終焉を象徴する出来事が相次いだこの頃に、「傷だらけの天使」や「宇宙戦艦ヤマト」がスタートした。のちに抜群の人気を獲得する両作品も、当初の評判はイマイチで、再放送で評価が急上昇した。
ザ・ピーナッツが引退し、ベトナム戦争が終わって、街中で「シクラメンのかほり」が流れる中、テレビでは子ども向け番組が大豊作。「みつばちマーヤ」「名犬ラッシー」「勇者ライディーン」のほか、戦隊シリーズ第1作「秘密戦隊ゴレンジャー」も始まって、子どもたちは朝から晩までテレビに釘づけだった。
無口で照れ屋な「前略おふくろ様」のショーケンや、自由奔放でグータラな「俺たちの旅」の中村雅俊が人気を博した。「ぴったしカン・カン」の久米宏の軽妙な司会っぷりと、赤ヘル旋風を巻き起こした広島カープ悲願の初優勝は、巷の「ちかれたびー」な空気を吹き飛ばしたのだった。
子門真人が歌う「およげ!たいやきくん」がメガヒットを記録する中、大物タレントを次々に引っ掛けた「スターどっきり(秘)報告」がスタート。司会は「夜のヒットスタジオ」などで名司会っぷりを発揮していた三波伸介。また、現在も続く超長寿番組「徹子の部屋」もこの年に始まった。
