HOME > スポーツ名勝負 > 相撲

スポーツ名勝負

相撲

1789 年 11月 29日
【相撲】 11月場所7日目、深川八幡宮境内、東西両関脇の谷風梶之助と小野川喜三朗が、初めて横綱土俵入りを披露。

1791 年 6月 11日
【相撲】 11代将軍徳川家斉の上覧相撲が行われ、谷風の気迫に小野川が待ったをしたため、負けとされた。

1795 年 1月 19日
【相撲】 横綱免許の谷風が郷里の自宅で死去。44歳。63連勝の記録を持つ横綱も、昨今大流行の感冒には勝てなかった。

1805 年 2月 16日
【相撲】 2月場所7日目の打ち出し後、前4・四ツ車ら3人が火消しめ組の鳶らと口論に。逮捕者が出る大げんかに発展。

1830 年 3月 25日
【相撲】 徳川家斉の上覧相撲で稲妻と対戦した阿武松は、度重なる「待った」をした挙げ句、勝利。一躍江戸で流行語に。

1851 年 3月 28日
【相撲】 2月場所5日目、検査役の秀ノ山が自分の弟子を優遇した取組を組み、他の力士が反発。秀ノ山が譲歩した。

1854 年 2月 26日
【相撲】 再び日本へ来航したアメリカのペリー一行は、横浜で力士たちの歓待を受け、大関小柳はレスラーを倒した。

1955 年 3月 20日
【相撲】 3月場所千秋楽、十両の栃光が全勝優勝。昭和以降、十両全勝優勝は5人も、15日制初。

1955 年 3月 20日
【相撲】 3月場所千秋楽、若ノ花は栃錦に水入り、一番後取り直しの末、すくい投げに敗れ10勝どまり。大関昇進逃す。

1955 年 3月 23日
【相撲】 番付編成会議で、大内山の大関昇進が決定。

1955 年 5月 24日
【相撲】 5月場所10日目、天皇陛下が国技館2階貴賓席で相撲観戦。国技館での本場所を陛下が観戦されるのは初めて。

1955 年 5月 29日
【相撲】 5月場所千秋楽、横綱栃錦が大関大内山を首投げの大技で破って、熱戦を制した。

1955 年 9月 28日
【相撲】 横綱千代の山対関脇若ノ花戦は、計3度の水入りで17分15秒の死闘となり、ついに引き分けとなった。

1955 年 10月 6日
【相撲】 9月場所後の番付編成会議で、若ノ花と松登の大関同時昇進が決定。若ノ花は千代の山戦の相撲を評価された。

1956 年 1月 10日
【相撲】 理事会で29場所ぶりの前相撲復活が決定。自費養育制度もスタート、新弟子検査に不合格でも土俵に上がれる。

1956 年 1月 18日
【相撲】 1月場所11日目、大関若ノ花は横綱吉葉山に敗れた。しかし、吉葉山の体が先に落ちたのは明白。誤審に泣いた。 

1956 年 1月 19日
【相撲】 1月場所12日目、2敗の大関若ノ花が全勝の横綱鏡里を破り、1敗に引きずり降した。誤審の怒りを晴らす。

1956 年 3月 25日
【相撲】 3月場所千秋楽、関脇朝汐が優勝決定巴戦で大関若ノ花、前15・若羽黒を降し、初優勝を果たした。

1956 年 5月 27日
【相撲】 5月場所8日目、天皇陛下が2度目となるご観戦。

1956 年 6月 3日
【相撲】 5月場所千秋楽、若ノ花が優勝決定戦で前9・大晃を降し初優勝。前2場所はあと一歩で逃していた。

1956 年 6月 10日
【相撲】 年寄児童基金大相撲で、出羽海理事長(元横綱常ノ花)が還暦土俵入り。

1956 年 9月 30日
【相撲】 入院中の大関若ノ花は9月場所千秋楽に再出場の予定も、再度高熱に倒れて断念。場所前急死した長男へ。

1957 年 1月 17日
【相撲】 1月場所5日目、大内山が途中休場で大関陥落。在位7場所。

1957 年 3月 17日
【相撲】 3月場所8日目の理事会で横綱一代年寄の復活が決定。昭和17年5月場所限りで廃止されていた。

1957 年 3月 28日
【相撲】 番付編成会議で、3月場所で2度目の優勝を果たした関脇朝汐の大関昇進が決定した。朝汐は大阪場所2連覇。

1957 年 5月 4日
【相撲】 出羽海理事長(元横綱常ノ花)が蔵前国技館内の取調室で割腹自殺を図ったが、幸い一命は取り留めた。

1957 年 6月 1日
【相撲】 5月場所14日目、新入幕の房錦は双ツ龍を破り、父の式守錦太夫から初の勝ち名乗り。11日目の時は敗れた。

1957 年 6月 2日
【相撲】 5月場所千秋楽、新小結安念山は房錦を上手投げで破り、13勝目を挙げ、初優勝。

1957 年 7月 5日
【相撲】 名古屋準場所13日目に、理事会で本場所昇格が決定。大関陥落の基準も2場所連続負け越しから、3場所連続へ。

1957 年 9月 29日
【相撲】 9月場所千秋楽、横綱栃錦が横綱鏡里を破り8場所ぶり6度目の優勝。11日目の時津山戦では水入りの死闘制す。

1957 年 10月 3日
【相撲】 蔵前国技館内の会議室で相撲教習所開所式が行われた。時津風理事長、春日野初代理事長が挨拶。

1957 年 11月 24日
【相撲】 戦後初の九州場所となった11月場所、前14・玉乃海が全勝優勝。黄金のまわしで、初日から快進撃を続けた。

1958 年 1月 29日
【相撲】 1月場所で優勝の大関若ノ花の横綱昇進を巡り、横綱審議委員会は大紛糾。結局、委員長の一任で昇進が決定。

1958 年 3月 23日
【相撲】 3月場所千秋楽、朝汐が琴ヶ浜を破り、3年連続で大坂場所制覇。”大阪太郎”の異名。

1958 年 3月 26日
【相撲】 番付編成会議が行われ、琴ヶ浜が大関昇進。

1958 年 5月 18日
【相撲】 5月場所千秋楽、十両は若秩父、富樫、北葉山、明歩谷、若三杉、冨士錦、玉響の7人で決定戦。若秩父が優勝。

1958 年 7月 6日
【相撲】 今年から名古屋準場所が本場所に昇格。会場の金山体育館には冷房施設がなく、暑さ対策にはひと苦労。

1958 年 9月 14日
【相撲】 9月場所初日、栃錦対・北の洋戦は、栃錦に軍配も、行司差し違えで北の洋の勝ちに。式守伊之助は猛抗議。

1958 年 11月 22日
【相撲】 11月場所14日目、松登が若乃花に敗れ、3場所連続負け越しとなり、陥落決定。

1959 年 1月 15日
【相撲】 1月場所5日目、横綱千代の山が引退を表明。優勝6回。

1959 年 3月 25日
【相撲】 番付編成会議で、3月場所13勝の朝汐が横綱に推挙された。4度の優勝経験と、ここ3場所で38勝の成績。

1959 年 5月 17日
【相撲】 5月場所千秋楽、若乃花は本割、決定戦と栃錦を破り、劇的な逆転優勝。パレードは締め込み姿の裸のまま。

1959 年 7月 15日
【相撲】 7月場所11日目、横綱若乃花が潮錦に対して反動を利用して上手投げ。豪快な鬼の呼び戻しを鮮やかに決めた。

1959 年 7月 18日
【相撲】 7月場所14日目、栃錦は千秋楽前に優勝を決めたが、実父がその夜交通事故死。悲しみを乗り越えて全勝優勝。

1959 年 9月 3日
【相撲】 評議員会で年寄の満65歳定年制度が決定。また、木村庄之助、式守伊之助ら行司5人が定年で年内の退職に。

1959 年 10月 3日
【相撲】 春日野取締(元横綱栃木山)の死去に伴い、二枚鑑札を特例で認め、横綱栃錦が現役のまま年寄春日野を襲名。

1959 年 11月 22日
【相撲】 11月場所千秋楽、若羽黒は琴ヶ浜を降して新大関優勝。恩師・伊之助から勝ち名乗り。伊之助も最後の一番に。

1960 年 1月 17日
【相撲】 1月場所8日目、元大関三根山が引退を表明した。年寄熊ヶ谷を襲名。

1960 年 1月 21日
【相撲】 1月場所12日目、将来の角界を背負う逸材、柏戸と大鵬が初対決。新入幕大鵬の連勝を柏戸がストップさせた。

1960 年 3月 20日
【相撲】 3月場所千秋楽、横綱同士による初の落日全勝相星決戦は、若乃花が栃錦を降し、通算8度目の優勝。

1960 年 5月 10日
【相撲】 5月場所3日目、横綱栃錦が突然の引退表明。初日、2日目と連敗も、先場所は全勝対決を演じたばかりだった。

1960 年 5月 22日
【相撲】 5月場所千秋楽、前4・若三杉が岩風を破って初優勝。横綱若乃花、平幕の若秩父ら花籠勢の争いを制した。

1960 年 7月 12日
【相撲】 7月場所で横綱、大関総なめで11勝を挙げた柏戸の大関昇進が決定した。

1960 年 11月 27日
【相撲】 11月場所千秋楽、関脇北葉山を破った大鵬が13勝目を挙げ初の賜盃。入幕6場所目、20歳6ヵ月での最年少優勝。

1960 年 12月 26日
【相撲】 11月28日に死去した出羽海前理事長(元横綱常ノ花)の協会葬が蔵前国技館で挙行された。

1961 年 1月 22日
【相撲】 1月場所千秋楽、琴ヶ浜との大関相星決戦を制して初優勝。

1961 年 5月 21日
【相撲】 5月場所千秋楽、前13・佐田の山が12勝で初優勝。4日目、十両の清ノ森に敗れ、十両に負けて優勝となった。

1961 年 5月 24日
【相撲】 番付編成会議で、北葉山が大関に推挙された。

1961 年 10月 2日
【相撲】 史上4組目の横綱同時昇進となった大鵬と柏戸が、明治神宮で横綱推挙式及び土俵入りを披露した。

1961 年 11月 26日
【相撲】 ザンバラ11月場所千秋楽で内田が十両全勝優勝をなし遂げ、来場所の新入幕を確実に。早い出世にマゲ結えず。

1961 年 11月 26日
【相撲】 11月場所千秋楽、大鵬が東富士以来の新横綱優勝。また、羽黒山以来14年ぶりの3連覇。

1962 年 1月 12日
【相撲】 1月場所(蔵前国技館)直前、横綱朝潮が引退表明。持病の腰椎分離症悪化のため。

1962 年 1月 28日
【相撲】 1月場所千秋楽、新入幕の内田改め豊山は12勝。2敗の大鵬が勝ったため、1差で優勝を逃すも、敢闘賞受賞。

1962 年 3月 25日
【相撲】 3月場所千秋楽、横綱大鵬を決定戦で破った関脇佐田の山が、2度目の優勝を果たし、場所後の大関も手中に。

1962 年 5月 1日
【相撲】 5月場所直前、引退を発表。年寄二子山を襲名。「未練はない。取るだけ取った」と"土俵の鬼"はサバサバ。

1962 年 5月 23日
【相撲】 栃ノ海と栃光が大関昇進を決め、史上2組目の同部屋同時大関昇進、そして史上初の一門3大関が誕生した。

1962 年 11月 15日
【相撲】 11月場所5日目、平幕の出羽錦が横綱大鵬に目の前で手をたたく猫だましもあっさり敗退。大鵬は激怒した。

1963 年 3月 24日
【相撲】 3月場所千秋楽、新大関の豊山が大鵬に敗れて、7勝8敗で負け越した。

1963 年 5月 26日
【相撲】 5月場所千秋楽、横綱大鵬は大関栃光を破り、前人未到の6連覇を達成した。11度目の優勝にして初の全勝優勝。

1963 年 5月 26日
【相撲】 5月場所、佐田の山、栃ノ海、栃光の3大関を破っている前5・岩風が千秋楽も勝ち、12勝で4年ぶり2度目殊勲賞。

1963 年 7月 7日
【相撲】 7月場所千秋楽、13勝2敗で並んだ北葉山と佐田乃山の大関同士の優勝決定戦は北葉山が勝利し、初優勝。

1963 年 7月 27日
【相撲】 7月場所5日目、3月場所5日目から30連勝中の大鵬は前3・青ノ里と対戦。大鵬は寄り切られ、連勝ストップ。

1963 年 9月 22日
【相撲】 9月場所千秋楽、大鵬と柏戸の横綱全勝対決を制した柏戸が16場所ぶり2度目の優勝。休場後の賜杯に大粒の涙。

1963 年 11月 11日
【相撲】 相撲協会と石原慎太郎氏が和解。八百長を断言した石原氏を翌日提訴も、石原氏が謝罪。告訴取り下げを発表。

1963 年 11月 11日
【相撲】 11月場所2日目、佐渡ヶ嶽部屋で力士2人がフグ中毒で1人が死亡。重体のもう1人も3日後に死亡した。

1963 年 11月 23日
【相撲】 11月場所14日目、大関栃ノ海が大鵬を破り、千秋楽を待たず2度目の優勝。来場所は綱取り挑戦となりそうだ。

1963 年 11月 24日
【相撲】 11月場所千秋楽、北の冨士が史上3人目となる十両15戦全勝優勝を飾った。

1964 年 1月 26日
【相撲】 1月場所千秋楽、14連勝の横綱大鵬は横綱柏戸を破り、2度目の全勝優勝。優勝回数も双葉山の12に並んだ。

1964 年 1月 29日
【相撲】 番付編成会議で、1月場所で大鵬と優勝を争い、13勝を挙げた栃ノ海が満場一致で横綱に推挙させた。

1964 年 3月 22日
【相撲】 3月場所千秋楽、横綱大鵬と柏戸の2度目の全勝楽日決戦は、大鵬が制し2場所連続全勝優勝。通算13度目。

1964 年 5月 13日
【相撲】 5月場所4日目、大鵬は前田川に敗れ、連勝は34で途切れる。

1964 年 7月 5日
【相撲】 7月場所千秋楽、前9・富士錦が関脇北の冨士を破り、14勝目を挙げ初優勝。大関豊山は1差に泣く。

1964 年 7月 7日
【相撲】 静岡県三島の禅寺で7月場所休場の大鵬が5日間修業を行った。

1964 年 11月 19日
【相撲】 11月場所12日目、海乃山対荒波戦で荒波がマゲをつかんではたき込み、物言いがつくも反則にならず白星。

2000 年 1月 12日
【相撲】 1月場所4日目、途中休場により武蔵丸の連続勝ち越しは55場所でストップ。

2000 年 3月 16日
【相撲】 3月場所5日目、2場所連続全休し、再起を期していた横綱若乃花が関脇栃東に敗れ、同日の夜に引退を発表。

2000 年 3月 26日
【相撲】 3月場所千秋楽、前14・貴闘力が関脇武双山を破り13勝2敗で史上初の幕尻優勝。引退の危機から涙の初賜盃へ。

2000 年 3月 29日
【相撲】 1月場所優勝に続き、3月場所で12勝を挙げた武双山が正式に大関昇進。史上5番目のスロー出世。

2000 年 5月 13日
【相撲】 5月場所7日目、三段目千代白鵬対朝ノ霧戦、まわしが外れた朝ノ霧の反則負けとなる珍事が起こった。

2000 年 5月 20日
【相撲】 5月場所14日目、貴ノ浪が連続負け越しで2度目の大関陥落。3月場所で大関に復帰したばかりだった。

2000 年 5月 21日
【相撲】 5月場所千秋楽、2大関を破り12勝目を挙げた栃乃花が、敢闘、技能賞受賞。新入幕で三賞2つの受賞は3人目。

2000 年 5月 26日
【相撲】 番付編成会議で雅山の大関昇進が決定。

2000 年 7月 19日
【相撲】 7月場所11日目、武双山が負け越してわずか2場所で大関陥落となった。

2000 年 7月 26日
【相撲】 番付編成会議が行われ、魁皇が大関昇進。

2000 年 9月 17日
【相撲】 9月場所千秋楽、関脇武双山が10勝目を挙げて、1場所で大関復帰。

2000 年 12月 4日
【相撲】 決まり手に新しく12手を加えることが発表された。

2001 年 1月 15日
【相撲】 1月場所9日目、旭鷲山が浜ノ嶋を昨年決まり手に新たに加わった「送りつり落とし」で破った。幕内適用第1号。

2001 年 1月 22日
【相撲】 昨年11月場所で11度目の優勝も、1月場所を全休していた横綱曙が引退を発表。原因は負傷している両ひざ。

2001 年 5月 27日
【相撲】 5月場所千秋楽、横綱貴乃花は右ひざのけがを押し、決定戦で武蔵丸を破り優勝。小泉首相も「感動したっ!」。

2001 年 7月 14日
【相撲】 出島が7月場所7日目から途中休場。在位12場所で大関陥落。

2001 年 7月 22日
【相撲】 7月場所千秋楽、十両優勝は9勝力士8人による決定戦を制した武勇山に。9勝での優勝は史上最低記録。

2001 年 9月 19日
【相撲】 9月場所11日目、横綱武蔵丸は栃乃洋に敗れ、5個目の金星献上。1場所で金星5個献上は、昭和以降ワースト。

2001 年 9月 19日
【相撲】 雅山が9月場所11日目から途中休場で大関陥落。在位8場所。

2001 年 9月 22日
【相撲】 9月場所14日目、前2・琴光喜が海鵬を破り平幕優勝。1横綱2大関を破るなど13勝を挙げ、初優勝を飾った。

2001 年 11月 25日
【相撲】 関脇栃東が11月場所千秋楽で武双山を破り、先場所に続き12勝。これで直前3場所が34勝、大関昇進を確実に。

2002 年 1月 27日
【相撲】 1月場所千秋楽、大関栃東が大関千代大海を破り優勝。新大関優勝、各段制覇、父子優勝と記録づくめだった。

2002 年 2月 1日
【相撲】 48歳の北の湖が理事長に就任した。

2002 年 7月 24日
【相撲】 7月場所で12勝の関脇朝青龍の大関昇進が正式に決定。モンゴル出身初で、所要22場所での昇進は最速。

2002 年 9月 22日
【相撲】 9月場所千秋楽、楽日横綱相星決戦は武蔵丸に軍配。7場所連続全休明けの横綱貴乃花は復活優勝ならず。

2002 年 9月 22日
【相撲】 9月場所千秋楽、昨年5月場所手負いの貴乃花を攻め切れなかった武蔵丸は、雪辱を果たし表情も晴れやか。

2002 年 11月 14日
【相撲】 11月場所5日目、元大関貴ノ浪が武蔵丸を破り、幕内67場所目で初の金星。

2002 年 11月 22日
【相撲】 大関朝青龍が11月場所13日目、若の里を破って初優勝。初土俵から24場所目での優勝は貴花田と並び最速。

2003 年 1月 20日
【相撲】 1月場所9日目、横綱貴乃花が引退を発表。前日は安美錦になす術なく敗れた。会見では晴れやかな表情だった。

2003 年 1月 20日
【相撲】 臨時理事会で、引退した横綱貴乃花に一代年寄を贈ることを決定。

2003 年 1月 25日
【相撲】 1月場所14日目、大関朝青龍が関脇琴光喜を破り、13勝で優勝決定。連覇で場所後の横綱昇進を確実にした。

2003 年 5月 19日
【相撲】 5月場所9日目、横綱朝青龍は旭鷲山に引き落としで敗れると、品格を欠いた暴言、暴挙、暴走を繰り返した。

2003 年 7月 10日
【相撲】 7月場所5日目、朝青龍対旭鷲山は朝青龍が反則負け。遺恨は深まり、朝青龍が旭鷲山の車のドアミラーを破壊。

2003 年 9月 10日
【相撲】 9月場所4日目、序ノ口最初の取組で孝の国と西原は互いに東西を間違えるという角界初の珍事が起きた。

2003 年 9月 21日
【相撲】 9月場所千秋楽、派手なパフォーマンスで人気の高見盛は安美錦に敗れたものの、9勝6敗で敢闘賞を受賞した。

2003 年 9月 21日
【相撲】 9月場所千秋楽で、44年間(中断時期あり)テレビ朝日で放映された「大相撲ダイジェスト」が打ち切り。

2003 年 11月 6日
【相撲】 元横綱曙が突然の格闘家転向宣言。前日協会へ退職届を提出していた。大晦日、K-1のリングに上がる模様。

2003 年 11月 12日
【相撲】 11月場所、十両の五城楼が4日目の黒海戦と6日目の潮丸戦でマゲをつかむ反則負け。1場所に2度は史上初。

2003 年 11月 16日
【相撲】 11月場所8日目、全休4場所の横綱武蔵丸が引退を発表、ハワイ勢は皆無に。55場所連続勝ち越しは史上1位。

2003 年 11月 26日
【相撲】 来年1月場所からの公傷制度廃止に伴い、幕内と十両の定員が各2名増員。十両昇進力士は8人となった。

2003 年 11月 26日
【相撲】 番付編成会議でロシア出身の露鵬の新十両が決定した。ロシア出身初。

2004 年 1月 24日
【相撲】 1月場所14日目の朝青龍対千代大海戦で史上最多となる27本の懸賞がかかった。40年ぶりに最多記録を更新。

2004 年 3月 22日
【相撲】 3月場所9日目、東幕下筆頭の萩原が勝ち越し、5月場所で史上2位の17歳9ヵ月若さで、関取昇進を確実に。

2004 年 5月 11日
【相撲】 5月場所3日目、元大関貴ノ浪が引退を発表。大関在位37場所。

2004 年 5月 14日
【相撲】 5月場所6日目、北勝力が朝青龍を押し倒して完勝。朝青龍の連勝を35でストップさせた。

2004 年 5月 23日
【相撲】 5月場所千秋楽、優勝決定戦で横綱朝青龍が前・1北勝力を破り、3連覇となる通算7度目の優勝を果たした。

2004 年 7月 11日
【相撲】 7月場所8日目、横綱朝青龍対琴ノ若で、琴ノ若のかばい手は認められず、取り直しで朝青龍の白星に。

2004 年 7月 21日
【相撲】 番付編成会議で白露山の新十両が決定。これで新入幕の兄・露鵬とともに、史上初の外国出身兄弟関取に。

2004 年 8月 19日
【相撲】 朝青龍がタミル夫人と故郷モンゴルで挙式。31日にはホテルでも。

2004 年 8月 30日
【相撲】 新番付が発表され、ブルガリア出身の琴欧州が史上最速となる所要11場所で新入幕を果たした。

2004 年 11月 17日
【相撲】 11月場所4日目、元大関武双山引退。年寄藤島襲名。

2005 年 1月 22日
【相撲】 1月場所14日目、関脇栃東が10勝目を挙げ、2度目の大関返り咲き。

2005 年 3月 30日
【相撲】 番付編成会議が行われ、出羽の郷が34歳5ヶ月の戦後史上最高齢新十両に。所要114場所も最スロー。

2005 年 5月 14日
【相撲】 5月場所7日目、十両の五城楼が負傷で取り直しの一番を棄権。翌日も休場で2日連続不戦敗の珍記録に。

2005 年 6月 2日
【相撲】 昭和の名大関貴ノ花が亡くなり葬儀が行われたが、その喪主を巡り貴乃花親方と元横綱若乃花の確執が再燃。

2005 年 7月 18日
【相撲】 7月場所9日目、マスコミに対して相撲改革を訴えた貴乃花親方に協会は厳重注意処分。

2005 年 11月 26日
【相撲】 11月場所14日目、横綱朝青龍は大関魁皇を破り、15度目の優勝。7連覇と年間完全制覇、年間83勝を達成。

2005 年 11月 30日
【相撲】 琴欧州の大関昇進が正式に決定。13勝の同点優勝、11勝で朝青龍を破るなど文句なし。所要19場所は史上最速。

2005 年 12月 17日
【相撲】 相撲協会の財団法人80周年記念式典が、両国国技館で行われ、小泉首相も挨拶。

2006 年 1月 22日
【相撲】 1月場所千秋楽、栃東が朝青龍を破って3度目の優勝。朝青龍は優勝戦線から脱落し、8連覇はならなかった。

2006 年 3月 29日
【相撲】 大関に推挙された白鵬は「全身全霊で努力します」と口上を述べた。

2006 年 5月 21日
【相撲】 5月場所千秋楽、新大関白鵬が決定戦で雅山を降し初優勝。7月場所では、大関2場所通過を目指す。

2006 年 6月 23日
【相撲】 元大関北天佑の二十山親方が、45歳の若さで死去。

2006 年 7月 15日
【相撲】 7月場所7日目、千代大海に敗れた露鵬は取組後大暴れ、カメラマン2人に暴行。翌日から3日間の出場停止処分。

2006 年 7月 23日
【相撲】 7月場所千秋楽、白鵬は全勝の横綱朝青龍に土をつけ、先場所の初優勝に続き13勝も、横綱昇進は見送られた。

2006 年 8月 19日
【相撲】 戦後初の台湾巡業が2日間行われた。

2006 年 9月 24日
【相撲】 9月場所千秋楽の朝青龍対白鵬戦で、懸賞金51本の新記録。

2006 年 11月 12日
【相撲】 モンゴル勢の先駆者、旭鷲山が11月場所初日限りで引退。翌13日、引退届けを提出した。

2006 年 11月 26日
【相撲】 11月場所千秋楽、琴奨菊に敗れたものの、豊真将が12勝3敗で敢闘・技能賞を受賞。日本人ホープに名乗り。

2007 年 2月 23日
【相撲】 日本相撲協会は一部週刊誌による八百長報道に対し、名誉毀損にあたるとして週刊誌の関係者らを告訴した。

2007 年 5月 7日
【相撲】 大関栃東が引退を発表。脳梗塞の発症が判明し、医師からは引退を勧告されていた。引退後は年寄栃東に。

2007 年 5月 7日
【相撲】 自身が運転していた車で事故を起こした旭天鵬に対し、5月場所出場停止処分。

2007 年 5月 26日
【相撲】 5月場所14日目、全勝の大関白鵬は大関千代大海を破り、2場所連続で3回目の優勝。横綱昇進を確実にした。

2007 年 6月 26日
【相撲】 時津風部屋での稽古中に、序ノ口の時太山が死亡した。17歳だった。

2007 年 7月 25日
【相撲】 番付編成会議で琴光喜の大関昇進が決定。31歳3ヵ月での昇進は年6場所制以降では史上最年長。

2007 年 8月 1日
【相撲】 横綱朝青龍は、休業中モンゴルで中田英寿さんらとサッカーに興じていたことが判明。2場所出場停止処分に。

2007 年 8月 14日
【相撲】 敗血症による多臓器不全で先代佐渡ヶ嶽親方(元横綱琴桜)が急死。66歳だった。

2007 年 9月 19日
【相撲】 9月場所11日目、豪栄道対豪風戦の仕切り中に一人の女性が警備員の制止を振り切り土俵に乱入した。

2007 年 9月 23日
【相撲】 9月場所千秋楽、新入幕の豪栄道が11勝目を挙げ敢闘賞を受賞。新入幕ながら、大物の片鱗をみせる活躍ぶり。

2007 年 10月 5日
【相撲】 時津風部屋の序ノ口力士死亡事件を受け、時津風親方の解雇を発表。処分としては除名についで重かった。

2007 年 10月 15日
【相撲】 時津風部屋序ノ口力士が稽古中に死亡した問題で、第1回再発防止検討委員会が国技館で開催。

2007 年 11月 30日
【相撲】 モンゴルで治療を受けていた横綱朝青龍が帰国。謝罪会見を行うが、ふてぶてしい態度は相変わらず。

2008 年 1月 27日
【相撲】 1月千秋楽、白鵬と朝青龍による横綱相星決戦は白鵬が制して3連覇。出場停止明けの朝青龍は復帰優勝ならず。

2008 年 2月 1日
【相撲】 新理事による互選で北の湖理事長の4選が決定。

2008 年 2月 4日
【相撲】 理事会で35歳の貴乃花親方が役員待遇として審判部副部長に抜擢された。

2008 年 2月 7日
【相撲】 時太山こと斉藤俊さんが死亡した事件で、前時津風親方こと山本順一と兄弟子3人を傷害致死容疑で逮捕。

2008 年 3月 6日
【相撲】 協会は逮捕起訴された力士3人について、一審有罪で即解雇の方針を発表。

2008 年 3月 23日
【相撲】 3月場所千秋楽、白鵬と朝青龍の2場所連続横綱相星決戦は、朝青龍が制して復帰後初、通算22度目の優勝。

スポーツ名勝負
>>詳しくはこちら

~「10倍」楽しむ大相撲~
『歴史ポケットスポーツ新聞 相撲』

■荒井太郎 著
■新書サイズ・212ページ
■900円(税込み)
■主な掲載記事
「谷風・小野川 初の横綱土俵入り」「常陸山・梅ヶ谷 同時横綱昇進」「太刀山5連覇」「新興力士団 初興行成功」「双葉山 69連勝でストップ」「栃若 全勝横綱相星決戦!」「北の湖 最年少横綱」「貴ノ花悲願V」「千代の富士 国民栄誉賞」「若貴兄弟対決」「『感動したっ!』貴 執念のV」「朝青龍 トリプル快挙」「ショック!! 時津風逮捕」など

【豪華! 書き下ろしコラム付き!!】
「やくみつるの『ポケスポVTR』」
「デーモン閣下の『吾輩は見た!』

西暦で探す