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スポーツ名勝負

サッカー

1888 年 2月 18日
【サッカー】 横浜と神戸の在留外国人によるサッカー対抗戦「インターポート」(その後100試合以上続く)で、神戸が勝利。

1907 年 11月 16日
【サッカー】 東京・大塚の東京高師グラウンドで日本人同士初の対校試合があり、東京高師が青山師範に8-1で勝利。

1913 年 2月 1日
【サッカー】 フィリピンのマニラで第1回極東選手権が開幕(サッカーは不参加)

1917 年 5月 9日
【サッカー】 第3回極東選手権大会第2日、蹴球競技で日本代表は中華民国(現・台湾)と戦い、0-5の大量失点で敗れた。

1917 年 10月 21日
【サッカー】 近畿蹴球大会が4校のトーナメントで行われ、明星商業が優勝。

1919 年 3月 12日
【サッカー】 英国蹴球協会が全日本蹴球協会設立を記念し「大銀杯」を寄贈も、まだ国内に協会はなく、これを機に創設。

1921 年 6月 1日
【サッカー】 第5回極東選手権が上海で開催され、日本はフィリピン、中華民国に連敗。

1921 年 9月 10日
【サッカー】 英国から大銀杯の贈呈の受けて2年、「大日本蹴球協会」が正式に発足。全日本選手権大会を初開催した。

1922 年 11月 26日
【サッカー】 第2回全日本選手権は名古屋蹴球団優勝。

1923 年 5月 23日
【サッカー】 第6回極東選手権第2日は荒天の中、秩父宮殿下もご観戦。日本代表はフィリピン代表に1-2で惜敗した。

1923 年 9月 23日
【サッカー】 英国から銀杯が寄贈された際に仲介を務めた英国人の元横浜総領事ウィリアム・ヘーグ氏の追悼試合。

1924 年 2月 2日
【サッカー】 第3回全日本選手権は、アストラ・クラブが優勝。

1924 年 10月 25日
【サッカー】 明治神宮の外苑で建設が進められていた「明治神宮外苑競技場」が完成。蹴球の国際試合も可能となる。

1924 年 10月 31日
【サッカー】 第4回全日本選手権が行われ、鯉城クラブが優勝。

1925 年 2月 7日
【サッカー】 日本初の有料試合、早慶戦が30銭で行われた。

1925 年 6月 15日
【サッカー】 FIFA(国際サッカー連盟)がルール改正を発表。オフサイドが従来の3人制から2人制に変更された。

1925 年 11月 2日
【サッカー】 第5回全日本選手権が行われ、鯉城蹴球団が優勝。

1926 年 1月 30日
【サッカー】 2人制の新オフサイドルールを東京コレッジリーグの早慶戦で採用。

1927 年 8月 29日
【サッカー】 第8回極東選手権第2戦で日本はフィリピンに2-1の逆転勝ち。出場5回目にして初勝利を収めた。

1927 年 10月 30日
【サッカー】 第7回全日本選手権は、神戸一中クラブが優勝。

1928 年 10月 28日
【サッカー】 第8回全日本選手権は早大WMW優勝。

1929 年 5月 17日
【サッカー】 スペイン・バルセロナで開かれたFIFA(国際サッカー連盟)第18回総会で、日本の加盟が正式に承認された。

1929 年 11月 1日
【サッカー】 第9回全日本選手権は関学クラブが優勝。

1929 年 12月 25日
【サッカー】 関東・関西リーグの優勝者同士が戦う第1回東西対抗試合。東京帝国大学が関西学院大学を3-2で破り初優勝。

1930 年 2月 11日
【サッカー】 第10回全日本選手権は、関学クラブが慶應BRBを破って、2連覇。

1930 年 5月 29日
【サッカー】 第9回極東選手権の日本―中華民国が明治神宮競技場で行われ、3-3で引き分け。日本は同位ながら初優勝。

1930 年 7月 30日
【サッカー】 ウルグアイで行われた第1回世界選手権は、ウルグアイがアルゼンチンを破って初優勝。

1930 年 12月 28日
【サッカー】 第2回東西対抗試合は東京帝大が連覇。

1931 年 6月 3日
【サッカー】 大日本蹴球協会理事会は、ボールを押さえている3本足のカラスの絵を中央に配置したシンボルマークを発表。

1931 年 10月 31日
【サッカー】 第11回全日本選手権は、東京帝大LBが興文中学を破って、初優勝。

1931 年 12月 5日
【サッカー】 東京帝大が東京コレッジリーグで6連覇。

1932 年 7月 30日
【サッカー】 ロサンゼルス五輪開幕。サッカー競技は、プロの参加問題で紛糾したため実施されず。

1933 年 4月 3日
【サッカー】 第12回全日本選手権は慶應クラブ優勝。

1933 年 10月 30日
【サッカー】 第13回全日本選手権は東京OBクラブ優勝。

1934 年 5月 13日
【サッカー】 第10回極東選手権で連覇を狙う日本は初参加のオランダ領東インドにまさかの大敗。中華民国にも敗れ、2位。

1934 年 12月 8日
【サッカー】 東京コレッジリーグは早慶同位優勝。優勝決定戦、再試合とも引き分け。

1935 年 6月 2日
【サッカー】 第15回全日本選手権は、京城蹴球団優勝。

1935 年 11月 3日
【サッカー】 ベルリン五輪の日本代表選手を選考する大日本蹴球協会の意向で、朝鮮の2選手が日本代表候補になる。

1935 年 11月 3日
【サッカー】 明治神宮大会で京城蹴球団が優勝。

1936 年 6月 21日
【サッカー】 第16回全日本選手権は、慶應BRBが普成専門を破って、優勝。

1936 年 8月 4日
【サッカー】 ベルリン五輪蹴球競技で、日本が優勝候補の強豪国スウェーデンを3-2で破る大金星を挙げた。

1936 年 8月 7日
【サッカー】 ベルリン五輪で日本は第2戦でイタリアに0-8で大敗を喫する。大会成績はベスト8。

1936 年 8月 31日
【サッカー】 第18回全国中学大会(日本フートボール大会が改称、現・全国高等サッカー選手権)広島一中が優勝。

1937 年 6月 13日
【サッカー】 第17回全日本選手権は、慶應大学が神戸商大を破って、優勝。

1937 年 8月 30日
【サッカー】 第19回全国中学大会は、埼玉師範が優勝。

1938 年 4月 7日
【サッカー】 初来日した英国のイズリントン・コリンシアンズと全関東学生選抜の国際試合で、全関東が4-0で快勝。

1938 年 6月 11日
【サッカー】 第19回全日本選手権は慶應BRB優勝。

1938 年 7月 15日
【サッカー】 日中戦争の勃発など戦況の悪化を理由に、1940年開催予定だった第12回五輪東京大会の中止が決定。

1939 年 5月 26日
【サッカー】 第20回全日本選手権は慶應BRB二連覇。

1939 年 9月 3日
【サッカー】 「満州国」で行われている「日満華交歓競技大会」は、日本代表が中華民国と「満州国」に勝ち、優勝。

1940 年 6月 7日
【サッカー】 「紀元二千六百年奉祝東亜競技大会」は最終日、日本がフィリピンを1-0で破って、優勝を飾った。

1942 年 4月 8日
【サッカー】 大日本蹴球協会が戦時体制で発足した大日本体育会の一部会に吸収。

1942 年 8月 8日
【サッカー】 新京で「『満州国』建国10周年慶祝東亜競技大会」。日本代表は全勝優勝。

1942 年 8月 16日
【サッカー】 紀元2600年を記念して完成した奈良県橿原競技場で「第1回橿原神宮体育大会」が行われ、豊島師範が初優勝。

1942 年 8月 16日
【サッカー】 朝鮮代表-関東大学選抜の初めての対戦が京城運動場で行われ、1万人以上の観衆の中、5-0で朝鮮が圧勝。

1943 年 1月 3日
【サッカー】 関東、関西の覇者同士による東西決戦は早大が関学を破り、優勝。

1945 年 1月 19日
【サッカー】 英国蹴球協会から寄贈され大日本蹴球協会設立の起源になった「大銀杯」が、戦争による銀器献納で供出。

1945 年 6月 19日
【サッカー】 第18回全日本選手権は早稲田大学優勝。

1945 年 11月 13日
【サッカー】 FIFAが日本を除名、国際試合を禁止する。

1946 年 1月 6日
【サッカー】 兵庫・西宮球場で、全関西が4-1で関西学生選抜を破る。

1946 年 3月 21日
【サッカー】 関東学生蹴球選手権が再開される。

1946 年 5月 5日
【サッカー】 戦争で5年間中断していた全日本選手権が再開。復興第1回(通算第26回)大会は東大LBが戦後初の王者に。

1947 年 4月 1日
【サッカー】 日本蹴玉協会が再発足となる。

1947 年 4月 3日
【サッカー】 復活した東西対抗サッカーが、進駐軍接収下の明治神宮競技場に天皇陛下、皇太子殿下をお迎えし行われた。

1948 年 5月 23日
【サッカー】 第1回全日本実業団選手権は西宮球場で決勝などを行い、湯浅蓄電池が2-1で田辺製薬を破って優勝。

1949 年 6月 5日
【サッカー】 第29回全日本選手権は、東大LBが関大クラブを破って連覇。

1950 年 2月 8日
【サッカー】 日本の国際復帰を前提に、スウェーデンが訪日の意向を伝え、日本に国際試合を申し込んでくる。

1950 年 6月 4日
【サッカー】 第30回全日本選手権は、全国地区16代表から全関学が優勝。

1950 年 6月 22日
【サッカー】 ブラジルで開かれたFIFA総会でドイツと日本を復帰させる議案が可決。日本は9月23日にも国際舞台へ復帰。

1950 年 10月 1日
【サッカー】 日本初の夜間試合による第1回早慶サッカー定期戦が行われ、5000人の観客の中、慶大が6-4で早大に勝利。

1951 年 3月 9日
【サッカー】 インドでの第1回アジア大会サッカー3位決定戦は、日本がアフガニスタンに2-0で快勝し、3位入賞した。

1951 年 5月 27日
【サッカー】 初めて天皇杯が下賜されて行う第31回全日本選手権は、史上初の東北開催で、慶應BRBが11年ぶりの優勝。

1951 年 12月 2日
【サッカー】 全日本は、戦後初の欧州チームとして来日中のヘルシングボリ(スウェーデン)との最終戦で0-5で敗れた。

1952 年 1月 7日
【サッカー】 第30回全国高校選手権は浦和優勝。

1952 年 5月 6日
【サッカー】 第32回天皇杯全日本選手権(以下、天皇杯)、全慶大が優勝。

1952 年 6月 8日
【サッカー】 全日本が来日中の全香港との最終戦で、PK戦の末4-3で勝利。全香港から初勝利を挙げた。

1953 年 1月 7日
【サッカー】 第31回全国高校選手権、広島修道が優勝を果たす。

1953 年 5月 5日
【サッカー】 第33回天皇杯は、全関学が優勝。

1953 年 6月 14日
【サッカー】 西ドイツから来日したオッフェンバッハ・キッカーズは、全日本と最終戦を行い、9-0で圧勝。

1953 年 8月 9日
【サッカー】 西ドイツで開幕した国際学生競技大会(現・ユニバーシアード)で、全日本は西ドイツに3-4と善戦。

1953 年 11月 22日
【サッカー】 スウェーデンの強豪ユールゴルデン来日の試合が大坂球場で行われ、全日本は3戦3敗となった。

1954 年 3月 14日
【サッカー】 世界サッカー選手権(ワールドカップ)に初エントリーした日本は極東予選で韓国に1分1敗。出場権を逃す。

1954 年 5月 25日
【サッカー】 第34回天皇杯全日本選手権決勝は4度の延長の末、慶應BRBが5-3で東洋工業を破って優勝。

1955 年 1月 22日
【サッカー】 グラスホッパー(スイス1部)来日。日本選抜は1-7と大敗を喫す。

1955 年 5月 4日
【サッカー】 第35回天皇杯は全関学が優勝。

1955 年 10月 9日
【サッカー】 日本サッカー協会の招待で来日中のビルマは、全日本との最終戦を戦い、両者無得点で引き分けた。

1956 年 5月 6日
【サッカー】 第36回天皇杯全日本選手権、慶應BRBが優勝。

1956 年 6月 10日
【サッカー】 メルボルン五輪予選の日本-韓国第2戦が行われ、日本は0-2で敗れたが、抽選の末に五輪出場権を獲得。

1956 年 10月 25日
【サッカー】 全日本はメルボルン五輪を1カ月後に控えてアメリカ五輪代表チーム親善試合を行うも、3-5で敗れる。

1956 年 11月 27日
【サッカー】 20年ぶりの出場となる第16回五輪メルボルン大会。1回戦で地元オーストラリアと戦い、0-2で敗れた。

1957 年 5月 6日
【サッカー】 第37回天皇杯全日本選手権、中大クラブが優勝。

1958 年 3月 25日
【サッカー】 明治神宮外苑競技場の老朽化に伴い、同跡地に6万5千人収容可能な「国立霞ヶ丘陸上競技場」が建設された。

1958 年 5月 22日
【サッカー】 日本で初めてFIFA主催サッカー国際審判講習会が行われる。

1958 年 5月 28日
【サッカー】 東京で開催された第3回アジア大会で、日本はフィリピン、香港と立て続けに零敗を喫し、予選C組最下位に。

1958 年 9月 9日
【サッカー】 第38回天皇杯全日本選手権は、関学クラブが八幡製鉄を破って優勝。

1958 年 12月 23日
【サッカー】 日本代表は香港に向けて長期強化遠征に出発。その後もアジア各地を転戦し、18日間で11試合をこなした。

1958 年 12月 29日
【サッカー】 全国大学サッカーは、明大が中大を延長1-0で破って初優勝。

1959 年 1月 6日
【サッカー】 全国高校選手権は山城が初優勝。

1959 年 4月 24日
【サッカー】 マラヤで開催の第1回アジアユース・トーナメント3位決定戦で日本は香港に6-2で勝利し、初出場ながら3位。

1959 年 5月 6日
【サッカー】 第39回天皇杯は関学クラブ2連覇。

1959 年 8月 31日
【サッカー】 マラヤ連邦の独立を記念して行われている「ムルデカ大会」が開幕。日本は1勝2分2敗の成績で大会を終えた。

1959 年 9月 28日
【サッカー】 全日本実業団選手権は、古河電工が新三菱重工を破って、初優勝。

1959 年 12月 10日
【サッカー】 ローマ五輪アジア・オーストラリア地区1次予選で日本は韓国と戦い、2戦合計得点1-2と1点及ばず敗退。

1959 年 12月 28日
【サッカー】 全国大学サッカーは中大が2度目の優勝。

1960 年 1月 24日
【サッカー】 ペルー代表を含む連合チームが来日、1-0で東西選抜を破る。

1960 年 5月 6日
【サッカー】 第40回天皇杯全日本選手権で、古河電工が慶應BRBを4-0で破り初優勝。実業団チームの優勝は史上初。

1960 年 8月 12日
【サッカー】 ムルデカ大会は日本代表Bチームが参加、1勝2敗。

1960 年 8月 16日
【サッカー】 日本代表がヨーロッパへの長期強化遠征に出発。西ドイツを皮切りに、50日間で10試合を行った。

1960 年 8月 17日
【サッカー】 都市対抗サッカーは古河電工が八幡製鉄を破り、2年連続優勝。

1960 年 10月 29日
【サッカー】 東京五輪に向け強化を進める日本蹴球協会の要請により、西ドイツからデットマール・クラマー氏が来日。

1960 年 11月 6日
【サッカー】 チリで行われる世界選手権のアジア予選、日本-韓国は戦後初めて韓国で行われ、2-1で韓国が勝利した。

1960 年 12月 11日
【サッカー】 モスクワ・ロコモティフを招いた日ソ親善サッカー最終戦は、日本選抜が3-10で大敗。4戦4敗の成績だった。

1961 年 5月 7日
【サッカー】 第41回天皇杯全日本選手権は、古河電工が中央大を破って2年連続優勝を果たす。

1961 年 5月 21日
【サッカー】 マラヤ代表来日。日本代表、古河電工に敗れ、八幡製鉄と引き分け。

1961 年 6月 11日
【サッカー】 チリで行われる世界選手権のアジア予選、東京での日本-韓国の第2戦は0-2で敗れ予選敗退となった。

1961 年 6月 23日
【サッカー】 第12回早慶ナイター定期戦が行われ、4年連続で1-1で引き分けた。通算成績は慶大の4勝6分2敗となった。

1961 年 11月 27日
【サッカー】 第10回全国サッカー選手権決勝の早大-慶大が小石川サッカー場で行わた。2-0で勝った慶大が初優勝。

1961 年 11月 28日
【サッカー】 世界選手権出場を決めているユーゴスラビアとの親善試合が国立競技場で行われ、1-0で敗れた。

1962 年 5月 19日
【サッカー】 以前クラマー氏もコーチしていた西ドイツWFV選抜との日独交歓サッカー第1戦で、日本は1-2で惜敗。

1962 年 8月 30日
【サッカー】 第42回天皇杯全日本選手権は、中央大学が古河電工を破り、学生だけのチームとしては戦後初の優勝。

1962 年 8月 30日
【サッカー】 第4回アジア大会(インドネシア・ジャカルタ)、日本は1勝2敗で1次リーグ敗退。

1962 年 12月 12日
【サッカー】 ソ連、スウェーデン、日本による交歓試合で、日本選抜がソ連のディナモ・モスクワに2-2の健闘を見せた。

1963 年 8月 18日
【サッカー】 マレーシアでのムルデカ大会で通算4勝1分1敗の2位となり、1位の台湾と勝点1差の健闘を見せた。

1963 年 10月 20日
【サッカー】 京都で日本が西ドイツ・アマチュア選抜を4-2で破った。国内の試合でヨーロッパに勝つのは1938年ぶり。

1964 年 1月 8日
【サッカー】 全国高校選手権、藤枝東が明星を延長2-0で破り、2年連続の優勝。

1964 年 1月 15日
【サッカー】 第43回天皇杯全日本選手権、早大が日立製作所を破って、25年ぶりの優勝を飾る。

1964 年 2月 21日
【サッカー】 早大・釜本邦茂が日本代表デビュー。東南アジア遠征で、タイ空軍戦に出場。

1964 年 7月 17日
【サッカー】 東京五輪に向け、日本代表選手団が9月10日まで、欧州遠征に出発。

1964 年 7月 23日
【サッカー】 東京・世田谷に駒沢オリンピック公園が完成。

1964 年 8月 15日
【サッカー】 神奈川・横浜市に三ツ沢公園球技場が完成。

1964 年 9月 8日
【サッカー】 日本代表が欧州遠征の最終戦、チューリッヒでスイス1位リーグのグラスホッパーズ・クラブに4-0の快勝。

1964 年 10月 14日
【サッカー】 第18回五輪東京サッカー予選D組で、日本はアルゼンチンに3-2で逆転勝利し、準々決勝進出を決めた。

1964 年 10月 18日
【サッカー】 東京五輪サッカー準々決勝で、日本はチェコスロバキアに0-4で敗れた。5、6位決定戦も敗れ、入賞を逃した。

1964 年 10月 25日
【サッカー】 東京五輪閉幕の翌日、東京・椿山荘で西ドイツに帰国するコーチ・クラマー氏のお別れパーティーが開かれた。

1965 年 1月 17日
【サッカー】 第44回天皇杯全日本選手権は、八幡製鉄と古河電工が2度の延長0-0で、大会史上最初で最後の両者優勝。

1965 年 5月 1日
【サッカー】 アジアユース選手権のA組予選最終日、日本は南ベトナムに2-1で勝つが、3位に終わり、準決勝進出を逃す。

1965 年 6月 6日
【サッカー】 日本サッカーリーグが東京、愛知、大阪で一斉に開幕。実業団8チームによる総当たり戦全56試合が行われる。

1965 年 10月 10日
【サッカー】 日本リーグ前期最終戦以降トップに並んでいた八幡と東洋が戦い、東洋が3-2で勝利した。

1965 年 11月 7日
【サッカー】 日本リーグの最終戦で東洋工業がヤンマーを11-0の大差で破り、12勝2分で無敗のまま初代王者に輝いた。

1965 年 11月 28日
【サッカー】 関東大学サッカーリーグ最終日は早大が明大を7-1で破り、通算19回目の優勝。早大の釜本邦茂が得点王に。

1965 年 11月 28日
【サッカー】 ソ連のトルペド・モスクワと東洋工業の親善試合が広島市民球場で行われ、単独チームとしては初の引き分け。

1965 年 11月 28日
【サッカー】 日本リーグ入れ替え戦。名相銀―日本鋼管は、1勝1敗の得失点差で、名相銀が日本リーグ残留を果たす。

1965 年 12月 11日
【サッカー】 スウェーデンのAIKストックホルム、ソ連のトルペド・モスクワを招き、日本はAIKに0-1、トルペドに1-3。

1966 年 1月 16日
【サッカー】 第45回天皇杯全日本選手権は、東洋工業は、東洋工業が八幡製鉄を破り優勝。日本リーグと合わせて二冠。

1966 年 6月 28日
【サッカー】 日本リーグ東西対抗(全国のサッカー記者による投票)が広島市民球場で行われる。

1966 年 7月 1日
【サッカー】 日本リーグ東西対抗(全国のサッカー記者による投票)が国立競技場で行われる。

1966 年 11月 13日
【サッカー】 第2回日本サッカーリーグ最終日は、東洋工業が八幡製鉄に2-1で勝って2年連続の優勝を決めた。

1966 年 12月 4日
【サッカー】 日本リーグ入れ替え第2戦、日本鋼管が名古屋相互銀行に勝利。第1戦に続いて2勝し、日本リーグへ昇格。

1966 年 12月 18日
【サッカー】 タイ・バンコクでの第5回アジア大会サッカー準決勝。日本はイランに0-1と敗れ、3位に終わった。

1967 年 1月 7日
【サッカー】 全国高校選手権は山城が初優勝。藤枝東と秋田商が0-0(延長2回)。両校が優勝を分ける。

1967 年 1月 15日
【サッカー】 第46回天皇杯全日本選手権は、早大が延長3-2で前回優勝の東洋工業を破り、3年ぶりの優勝を飾った。

1967 年 2月 26日
【サッカー】 ソ連五輪代表が来日。日本代表と対戦、最終戦で0-0の引き分け。

1967 年 5月 9日
【サッカー】 全英アマチュア選抜ミドルセックス・ワンダラーズが初の来日。

1967 年 6月 21日
【サッカー】 ブラジルの強豪パルメイラスを招いての第2戦が駒沢で行われ、日本は2-1で勝つ大金星を挙げた。

1967 年 7月 28日
【サッカー】 マレーシアのムルデカ大会の組織委員会は日本の参加を拒否。日本が二軍クラスを派遣していたことが要因。

1967 年 8月 7日
【サッカー】 第4回アジアカップ東地区予選(台湾)に、日本B代表(23歳以下)が参加。得失点差で決勝大会に進めず。

1967 年 10月 7日
【サッカー】 メキシコ五輪出場を懸けたアジア予選、日本は6万人の観衆を集めた国立競技場で、韓国と3-3の引き分け。

1967 年 10月 10日
【サッカー】 メキシコ五輪アジア地区予選で日本は南ベトナムを1-0で下し、2大会連続4度目の五輪出場を決めた。

1967 年 10月 29日
【サッカー】 ヤンマーは日系ブラジル選手・ネルソン吉村と釜本邦茂の活躍で、2位の三菱に2-3で敗れるも勢いを見せた。

1967 年 11月 26日
【サッカー】 第3回日本サッカーリーグ最終節は東洋工業が八幡製鉄を下して3年連続優勝。2位は古河電工。三菱は3位に。

1967 年 12月 2日
【サッカー】 日本代表が三国対抗戦に出場。ソ連のCSKAモスクワと2-2、チェコのデュクラ・プラハと0-2に終わった。

1967 年 12月 16日
【サッカー】 日本リーグ入れ替え戦で、名相銀が復帰果たす。

1967 年 12月 24日
【サッカー】 米プロのダラス・トルネードが来日。日米親善サッカーを行い、三菱が2-1で勝つ。

1967 年 12月 26日
【サッカー】 第16回全国大学サッカー選手権は、関西大が中央大を1-0で破って初優勝。関東以外のチーム優勝は初めて。

1968 年 1月 7日
【サッカー】 全国高校選手権、山陽と洛北が0-0(延長2回)で、3年連続で両校優勝。

1968 年 1月 14日
【サッカー】 天皇杯決勝は、初めて国立競技場で開催。東洋工業が三菱重工を破って優勝。

1968 年 1月 18日
【サッカー】 釜本邦茂が西ドイツへ短期留学に出発。

1968 年 5月 5日
【サッカー】 ソウルで第10回アジアユース。日本は予選C組、2敗で2次リーグへ進めず。

1968 年 5月 23日
【サッカー】 イングランドの名門アーセナルとの第1戦が約6万人を集めた国立競技場で行われ、日本は1-3で敗れた。

1968 年 10月 14日
【サッカー】 メキシコ五輪サッカー予選、日本はナイジェリアとの初戦を3-1で制した。釜本がハットトリックを達成。

1968 年 10月 16日
【サッカー】 メキシコ五輪サッカー予選B組日本-ブラジルは渡辺正の終了間際のゴールで引き分け。予選突破に望み。

1968 年 10月 18日
【サッカー】 メキシコ五輪サッカー予選B組最終日はスペインと引き分け。2位で予選突破し、準々決勝でフランスと対戦。

1968 年 10月 18日
【サッカー】 五輪日本代表に「フェアプレー賞」(新設)受賞の吉報がFIFAから届く。

1968 年 10月 20日
【サッカー】 メキシコ五輪サッカー準々決勝、日本はフランスに3-1で快勝するも、準決勝のハンガリー戦は完敗。

1968 年 10月 24日
【サッカー】 メキシコ五輪サッカー3位決定戦で日本は地元メキシコを2-0で破り、見事銅メダルを獲得する快挙。

1968 年 10月 27日
【サッカー】 メキシコ五輪サッカー決勝後に釜本邦茂の大会得点王が確定。通算7得点を挙げ、メキシコでも人気を呼んだ。

1968 年 12月 8日
【サッカー】 日本サッカーリーグ、東洋工業が4年連続優勝。

1968 年 12月 22日
【サッカー】 第4回日本サッカーリーグは全日程を終了。釜本邦茂やネルソン吉村らの活躍でヤンマーが2位に食い込んだ。

1968 年 12月 28日
【サッカー】 日本リーグ最優秀選手11人(ベストイレブン)を発表。杉山隆一が3年連続満票で選出される。

1969 年 1月 1日
【サッカー】 天皇杯決勝(この大会から元日に開催)は、ヤンマーが三菱重工を破って優勝。

1969 年 6月 20日
【サッカー】 日本代表・釜本邦茂が急性ウィルス性肝炎のため入院加療が必要な状態に。10月のW杯予選出場が危ぶまれる。

1969 年 10月 16日
【サッカー】 世界選手権(W杯)を目指す日本は、アジア地区予選でオーストラリアと2回戦を行い、引き分けで予選敗退。

1969 年 11月 23日
【サッカー】 日本サッカーリーグ第13節は三菱重工が東洋工業を2-0で破って勝点を23とし、最終節を待たずに初優勝。

1970 年 1月 1日
【サッカー】 天皇杯決勝は東洋工業が優勝。

1970 年 1月 7日
【サッカー】 全国高校選手権決勝で浦和市立南が初芝を1-0で下し、夏の高校総体、秋の長崎国体と、初の三冠を遂げた。

1970 年 4月 27日
【サッカー】 フィリピンでの第12回アジアユース選手権で準々決勝を行い、日本が香港をPKで下し、初の準決勝進出。

1970 年 9月 1日
【サッカー】 W杯得点王のエウゼビオを擁するポルトガルの名門、ベンフィカ・リスボン来日。日本3連敗。

1970 年 11月 23日
【サッカー】 スウェーデン1部リーグのユールゴルデンと親善試合最終戦が行われ、1-0で日本が34年ぶりの勝利。

1970 年 11月 27日
【サッカー】 ネルソン吉村(大志郎)の日本国籍取得が認められ、ミュンヘン五輪予選の出場可能に。

1970 年 12月 18日
【サッカー】 第6回アジア大会サッカー準決勝で日本は韓国に1-2と敗れた。インドとの3位決定戦でも敗れ、4位に終わった。

1971 年 1月 1日
【サッカー】 天皇杯決勝はヤンマーが東洋工業を破り優勝。

1971 年 5月 3日
【サッカー】 第13回アジアユース選手権は準決勝2試合が行われ、日本-韓国は延長0-0でPK戦に。韓国が勝ち決勝進出。

1971 年 5月 5日
【サッカー】 第13回アジアユース、日本は3位決定戦でビルマに0-2で敗れ、4位におわる。

1971 年 5月 29日
【サッカー】 英の名門トッテナム・ホットスパー来日。後の清水監督ペリマンもメンバー。

1971 年 8月 13日
【サッカー】 日本代表2年ぶりの欧州遠征。アイスランド代表を2-0で破る(欧州の代表に勝ったのはベルリン五輪以来)。

1971 年 9月 4日
【サッカー】 ポルトガルのビットリア来日。日本代表は2連敗。

1971 年 9月 10日
【サッカー】 日本サッカーの父、デットマール・クラマー氏に勲三等が贈られることが決定。

1971 年 10月 2日
【サッカー】 ミュンヘン五輪へのアジア東地区予選、前回銅メダルの日本は韓国に1-2と敗れ、3大会連続出場を逃した。

1971 年 11月 2日
【サッカー】 日本蹴球協会理事会で、長沼健氏に再び代表監督を任せることが決定。

1971 年 11月 28日
【サッカー】 日本サッカーリーグ第13節でヤンマーが神戸で日本鋼管に3-1で勝利。勝点を21に伸ばし、初のリーグ優勝。

1972 年 1月 1日
【サッカー】 天皇杯決勝は、三菱重工がヤンマーを破り優勝。

1972 年 1月 11日
【サッカー】 (ウーベ・ゼーラーら)が来日。日本は1分1敗。

1972 年 4月 9日
【サッカー】 日本リーグ開幕。2部制となり、2部は読売、甲府、京都紫光らクラブチームなど、10チームでスタート。

1972 年 5月 26日
【サッカー】 ブラジルの名門サントスFCと日本代表の試合は、「サッカーの王様」ペレの2得点などでサントスが快勝。

1972 年 5月 29日
【サッカー】 杉山隆一(三菱)が日本代表からの引退を発表。

1972 年 6月 6日
【サッカー】 日本がコベントリー・シティに勝ち、サッカーの母国であるイングランドのチームから初勝利を挙げた。

1972 年 7月 26日
【サッカー】 ムルデカ大会、日本は準決勝で韓国に敗退。釜本邦茂が7試合で15得点。

1972 年 8月 25日
【サッカー】 東京初サッカー専用の西が丘サッカー場が東西対抗戦でスタジアム開き。

1972 年 9月 14日
【サッカー】 宿敵同士が互いの代表強化を目指す「日韓対抗サッカー」が雨の国立競技場で行われ、2-2で引き分け。

1972 年 10月 9日
【サッカー】 初昇格の藤和不動産にブラジルの元プロ(日本リーグ初)、セルジオ越後らが入団。

1972 年 11月 26日
【サッカー】 日本リーグ最終日、日立製作所が新日鐡に3-0で勝ち、三菱と引き分けたヤンマーを逆転して初優勝。

1973 年 1月 1日
【サッカー】 第52回天皇杯決勝は日立がヤンマーを破り優勝。

1973 年 4月 26日
【サッカー】 日英交歓サッカー第2戦、日本はミドルセックス・ワンダラーズと1-1で引き分け。この一戦で釜本が負傷。

1973 年 4月 27日
【サッカー】 イランでの第15回アジアユース選手権、日本はイランとの決勝戦で0-2で敗れるが、戦後初となる準優勝に。

1973 年 5月 14日
【サッカー】 日本リーグ「スペシャルカップ」決勝は藤和不動産とヤンマーが1-1で引き分け、同位優勝となった。

1973 年 5月 26日
【サッカー】 西ドイツW杯アジアA地区予選準決勝が行われ、日本はイスラエルに延長0-1で敗れて予選敗退が決定。

1973 年 6月 23日
【サッカー】 ソウルで第2回日韓定期戦を行う。日本が0-2で韓国に敗れる。

1973 年 6月 26日
【サッカー】 西ドイツ・ブンデスリーガの強豪1FCケルン来日、日本代表は3連敗。

1973 年 7月 20日
【サッカー】 日本リーグ1部は、昇格したトヨタ自動車、田辺製薬を加えて10チームに。W杯予選により、3カ月遅れの開幕。

1973 年 11月 4日
【サッカー】 日本リーグ2部で、永大産業が優勝。その後、入れ替え戦に勝ち昇格。

1973 年 11月 18日
【サッカー】 日本リーグ1部は、三菱重工が2度目の優勝。

1973 年 12月 2日
【サッカー】 第53回天皇杯全日本選手権決勝大会が開幕。全国836チームが参加、都道府県・地域・中央大会を戦う方式に。

1974 年 1月 1日
【サッカー】 第53回天皇杯決勝は三菱が2-1で日立を下し優勝。「黄金の左足」杉山の引退に花を添えた。

1974 年 3月 10日
【サッカー】 北朝鮮から「平壌4・25」来日、日本選抜を連破、日本代表にも4-0と快勝。

1974 年 8月 31日
【サッカー】 日本蹴球協会が財団法人日本サッカー協会となる。

1974 年 9月 7日
【サッカー】 テヘラン(イラン)で第7回アジア大会。日本は初めて1次リーグで敗退。

1974 年 9月 28日
【サッカー】 第3回日韓定期戦は日本が4-1で快勝。日本が韓国に勝ったのは1956年のローマ五輪予選以来15年ぶり。

1974 年 10月 20日
【サッカー】 釜本邦茂が国立での三菱戦で、通算100ゴールを記録。109試合目の快挙。

1974 年 12月 8日
【サッカー】 日本リーグ1部は、ヤンマーが2度目の優勝。

1975 年 1月 1日
【サッカー】 天皇杯決勝は、ヤンマーが永大産業を破って優勝。日本リーグ王座と合わせて、初の二冠を達成。

1975 年 1月 5日
【サッカー】 昨年のヨーロッパ・チャンピオンカップ覇者のバイエルン・ミュンヘンが来日。日本代表は0-1と健闘。

1975 年 1月 8日
【サッカー】 全国高校選手権は、帝京が清水東を破って、初優勝を飾る。

1975 年 8月 15日
【サッカー】 ムルデカ大会、日本は8チーム中、4位に終わる。

1975 年 9月 8日
【サッカー】 日韓定期戦。日本は平均年齢22歳と若返った韓国に、0-3と敗れる。

1975 年 10月 2日
【サッカー】 国立競技場で予定されていたモントリオール五輪アジア第3地区予選が、イスラエルチーム情勢により中止。

1975 年 12月 14日
【サッカー】 日本サッカーリーグ1部最終節、勝点29で並んだヤンマーと三菱の試合は、4-1でヤンマーが勝って連覇達成。

1976 年 1月 1日
【サッカー】 天皇杯決勝は、日立がフジタを破って優勝。

1976 年 1月 25日
【サッカー】 欧州代表チームとして、ブルガリアが初の来日。

1976 年 3月 31日
【サッカー】 モントリオール五輪アジア第3地区予選は日本が0-3でイスラエルに完敗し、予選敗退が決まった。

1976 年 4月 11日
【サッカー】 日本代表の新監督に、三菱重工の二宮寛氏が就任。国内合宿の改善と若手登用に取り組む。

1976 年 5月 14日
【サッカー】 新設のJSLカップを開催、日立が優勝。

1976 年 5月 21日
【サッカー】 イングランドのマンチェスター・シティを迎えての第1戦は日本が0-3で敗れる。残り3試合もノーゴール。

1976 年 6月 19日
【サッカー】 アジアのクラブチームで競うクイーンズカップ(バンコク)で、ヤンマーが優勝。

1976 年 8月 22日
【サッカー】 マレーシアで行われているムルデカ大会決勝は、日本が地元マレーシアに0-2で敗れ、準優勝に終わる。

1976 年 8月 28日
【サッカー】 五輪予選の延期で、日本リーグ1部は8月に開幕(~翌年2月)

1976 年 9月 23日
【サッカー】 ペレの所属するアメリカのニューヨーク・コスモスが来日しての第1戦は、0-0で日本選抜と引き分けた。

1976 年 12月 4日
【サッカー】 国立で日韓定期戦、永井のゴールで先制するも、日本が1-2で敗れる。

1979 年 1月 1日
【サッカー】 天皇杯決勝は、三菱重工が東洋工業を破り優勝。

1979 年 1月 8日
【サッカー】 全国高校選手権は古河一が室蘭大谷を破って初優勝。

1979 年 2月 1日
【サッカー】 日本代表監督に下村幸男(前フジタ監督)就任。

1979 年 3月 4日
【サッカー】 下村幸男新監督の初陣となる第7回日韓定期戦が行われ、日本が2-1で5年ぶりの韓国戦勝利を収めた。

1979 年 5月 27日
【サッカー】 第2回ジャパンカップ予選リーグが行われ、日本は新人・木村和司の活躍でイタリアと1-1で引き分け。

1979 年 6月 16日
【サッカー】 第8回日韓定期戦(ソウル)、韓国が4-1で勝利。

1979 年 8月 8日
【サッカー】 マリオ・ケンペスを擁するバレンシア(スペイン)との親善試合(広島県営)、日本代表は1-2で惨敗。

1979 年 8月 25日
【サッカー】 第2回ワールドユース(Wユース)選手権が日本で開幕。日本は予選リーグ3位で決勝トーナメント進出ならず。

1979 年 9月 24日
【サッカー】 ヤンマー・釜本邦茂リーグ200試合出場達成。

1979 年 12月 1日
【サッカー】 日本リーグ1部は、フジタが2度目の優勝。2位の読売のラモスが得点王に。

1980 年 1月 1日
【サッカー】 天皇杯決勝はフジタ工業が三菱重工を破り優勝。

1980 年 1月 8日
【サッカー】 全国高校選手権は帝京が??を破って優勝。

1980 年 3月 22日
【サッカー】 第1回全日本女子サッカー選手権を開催。

1980 年 3月 30日
【サッカー】 モスクワ五輪アジア予選、日本はマレーシアと1-1で引き分けて3位で決勝進出とともに本大会出場を逃す。

1980 年 5月 25日
【サッカー】 第3回ジャパンカップで日本代表はアルゼンチンのアルヘンチノスを3-1で降して、初勝利を挙げた。

1980 年 11月 24日
【サッカー】 W杯予選に向け、アメリカのワシントン・ディプロマッツと強化試合。1分1敗。

1980 年 12月 4日
【サッカー】 日本代表の渡辺正監督がくも膜下出血で入院中のため、川淵三郎強化部長が監督を兼任することが発表された。

1980 年 12月 30日
【サッカー】 ワールドカップ(W杯)のアジア1次予選準決勝で日本は北朝鮮に0-1で敗れ、最終予選進出を逃した。

1981 年 1月 1日
【サッカー】 天皇杯決勝は、三菱重工が田辺製薬を破って優勝。

1981 年 2月 11日
【サッカー】 クラブ世界一を決めるトヨタカップは南米のナシオナルが欧州のノッティンガムを1-0で破り、世界一に。

1981 年 3月 8日
【サッカー】 森孝慈氏の日本代表監督の就任を正式に発表。

1981 年 4月 5日
【サッカー】 第17回日本リーグ開幕。入場料が5年ぶりの値上げ(600円→700円)。

1981 年 6月 7日
【サッカー】 ジャパンカップ準決勝、日本はクラブ・ブルージュ(ベルギー)に0-2で敗れ、初の決勝進出ならず。

1981 年 6月 21日
【サッカー】 第11回韓国大統領杯に日本代表が参加。マレーシア代表とシャトールー(フランス)に勝つも、韓国に敗れる。

1981 年 7月 19日
【サッカー】 JSL杯は1部の三菱と2部の東芝が両者優勝。

1981 年 8月 1日
【サッカー】 日本リーグ東西対抗が、ファン投票制に。最高得票は、戸塚哲也(読売)、釜本邦茂兼任監督(ヤンマー)。

1981 年 9月 18日
【サッカー】 ムルデカ大会は準決勝でイラクに敗れベスト4。

1981 年 11月 1日
【サッカー】 釜本邦茂(ヤンマー)は本田技研戦にて得点を挙げ、238試合目にして日本リーグ通算200ゴールの記録を達成。

1981 年 11月 22日
【サッカー】 日本リーグ1部最終節は、優勝を争うフジタと読売が0-0の引き分け。フジタが3度目の優勝。

1982 年 1月 1日
【サッカー】 第61回天皇杯全日本選手権は読売クラブ(日本リーグ1部)-日本鋼管(同2部)の決勝。鋼管が2-0で勝利。

1982 年 1月 9日
【サッカー】 全国高校選手権は、武南が??を破って、初優勝。

1982 年 1月 24日
【サッカー】 マラドーナ率いるボカ・ジュニアーズ(アルゼンチン)と日本代表の最終戦が行われ、ボカが1-0で勝利。

1982 年 4月 4日
【サッカー】 日本リーグ1部開幕戦、三菱・落合弘に出場機会なく、連続試合出場の記録は260(16シーズン)でストップ。

1982 年 5月 30日
【サッカー】 ジャパンカップ初戦、日本はオランダ1部のフェイエノールトと対戦。5-2で快勝。3勝1敗で大会2位に。

1982 年 10月 31日
【サッカー】 古河と三菱が首位に並び、それ以下も大混戦となった日本リーグ1部最終節は、三菱が逆転優勝を飾った。

1982 年 11月 25日
【サッカー】 インドでのアジア大会サッカー予選リーグ、日本はD組最終戦で韓国に2-1で逆転勝ち。1位で準々決勝進出。

1983 年 1月 1日
【サッカー】 天皇杯決勝はヤマハが初優勝。

1983 年 1月 8日
【サッカー】 第61回全国高校サッカー選手権決勝は、清水東が韮崎を4-1で下して、初優勝を果たした。

1983 年 5月 30日
【サッカー】 韓国でプロリーグ「スーパーリーグ」がスタート。

1983 年 6月 5日
【サッカー】 尾崎加寿夫が単独で西ドイツに渡り、現地のプロチームと約200万円の2年契約を結んでいたことが発覚。

1983 年 6月 5日
【サッカー】 ジャパンカップ、日本代表は単独チームで参加のヤマハを下回る最下位に。

1983 年 10月 12日
【サッカー】 ロサンゼルス五輪1次予選は2位通過。

1983 年 11月 27日
【サッカー】 日本リーグ1部最終節は、読売が等々力競技場でフジタに逆転勝ちして、創設15年にして悲願の初優勝。

1984 年 4月 21日
【サッカー】 シンガポールでのロサンゼルス五輪アジア・オセアニア地区最終予選で、日本は3連敗。五輪出場ならず。

1984 年 5月 10日
【サッカー】 日本代表・風間八宏(筑波大)がレバークーゼン入団のため、西独出発。

1984 年 5月 31日
【サッカー】 ジャパンカップ。日本は1勝1敗も、総得点で準決勝進出ならず。

1984 年 9月 30日
【サッカー】 韓国・ソウルでの日韓定期戦は木村和司、水沼貴史のゴールで2-1と韓国を破り、1979年以来の勝利。

1984 年 11月 18日
【サッカー】 日本リーグ1部は読売が日産との接戦を制して、2年連続優勝。

1985 年 1月 1日
【サッカー】 天皇杯決勝は読売クラブが古河電工を破り優勝。

1985 年 1月 8日
【サッカー】 全国高校選手権は帝京と島原商の両校優勝。

1985 年 3月 21日
【サッカー】 国立競技場で行われたメキシコW杯アジア4組Bゾーン予選で日本が北朝鮮を1-0で破り、北朝鮮から初勝利。

1985 年 3月 28日
【サッカー】 北米サッカーリーグが'85シーズンの活動停止を発表。創設15年目で崩壊。

1985 年 5月 26日
【サッカー】 ジャパンカップが「キリンカップ」と改称。日本代表は6チーム中5位、天皇杯覇者・読売は4位。(~6月6日)

1985 年 9月 3日
【サッカー】 神戸で行われているユニバーシアードで、日本は準決勝で北朝鮮、3位決定戦で中国にも敗れて4位に終わる。

1985 年 9月 6日
【サッカー】 日本リーグ1部はメキシコW杯予選の関係で9月開幕。翌年3月に終了。

1985 年 9月 22日
【サッカー】 アジア4組2次予選を戦う日本は、敵地での香港第2戦に2-1で勝利。メキシコW杯に向けて韓国と最終予選へ。

1985 年 10月 26日
【サッカー】 メキシコW杯アジア最終予選日本-韓国第1戦が日本で行われ、木村の芸術的FKが決まるも1-2で日本が敗れた。

1985 年 11月 3日
【サッカー】 メキシコW杯アジア最終予選、第1戦から1週間後の第2戦は韓国が1-0で勝ち、32年ぶりW杯出場を果たした。

1986 年 1月 1日
【サッカー】 天皇杯決勝は、日産がフジタを破って優勝。

1986 年 1月 8日
【サッカー】 全国高校選手権は清水商が四日市中央工を破って優勝。

1986 年 3月 3日
【サッカー】 日本代表・森孝慈監督が辞任。後任は石井義信氏。

1986 年 3月 8日
【サッカー】 第21回日本サッカーリーグの第20節で古河がヤンマーを3-1で破り、1976年以来9シーズンぶり2度目の優勝。

1986 年 3月 22日
【サッカー】 西が丘で行われた日本リーグ第22節、三菱重工-全日空横浜クラブで、全日空の6選手が試合直前にボイコット。

1986 年 5月 11日
【サッカー】 キリンカップ国際サッカーでブラジルの名門パルメイラスの一員として、日本人選手・三浦知良が凱旋帰国。

1986 年 5月 18日
【サッカー】 キリンカップ決勝は、ベルダー・ブレーメンが延長4-2でパルメイラスを破って、優勝を飾る。

1986 年 6月 12日
【サッカー】 メキシコW杯のスペイン―アルジェリアで、国際審判員・高田静夫が日本人として初めて、主審の笛を吹く。

1986 年 8月 31日
【サッカー】 奥寺康彦が古河に復帰、横浜カップ日産戦に出場。

1986 年 10月 25日
【サッカー】 秋~春の開催となった第22回日本サッカーリーグが開幕。プロ選手登録制度が導入され、奥寺と木村が登録。

1986 年 12月 30日
【サッカー】 第6回アジア・クラブ選手権に、日本から古河電工が出場。3戦3勝で初優勝。

1987 年 1月 1日
【サッカー】 天皇杯決勝は、読売が日本鋼管を破って優勝。

1987 年 1月 8日
【サッカー】 高校選手権決勝、東海大一が国見を破って、大会無失点で初優勝を飾る。

1987 年 5月 17日
【サッカー】 昨年10月に開幕した第22回日本サッカーリーグ('86-'87シーズン)は、読売が2年ぶり3度目の優勝を果たす。

1987 年 5月 31日
【サッカー】 キリンカップ決勝は、フルミネンセ2-0トリノ。日本代表は2分1敗で3位。

1987 年 6月 14日
【サッカー】 ソウル五輪アジア予選で日本は順調に勝ち進み、最終予選へ進出する。

1987 年 9月 6日
【サッカー】 日本リーグ上位4チームによる「横浜カップ」が行われ、決勝で日産が3-2で読売を破って優勝。

1987 年 10月 4日
【サッカー】 中国で行われたソウル五輪東アジア地区最終予選日本-中国の第1戦は、日本が1-0で中国に勝利。

1987 年 10月 17日
【サッカー】 第23回日本リーグ。住友金属、トヨタを加え開幕。

1987 年 10月 26日
【サッカー】 ソウル五輪東アジア地区最終予選日本-中国の第2戦。日本は0-2で敗れ、五輪出場権は中国が手にした。

1987 年 12月 17日
【サッカー】 日本サッカー協会は日本代表の石井義信監督の辞任を受け、横山謙三強化部長の監督兼任を発表。

1988 年 1月 1日
【サッカー】 天皇杯決勝は、読売がマツダを破って2連覇。

1988 年 1月 8日
【サッカー】 第66回全国高校サッカー選手権決勝は、前回の雪辱を狙う国見(長崎)が、東海大一(静岡)を1-0で破って優勝。

1988 年 1月 23日
【サッカー】 アジアのクラブ王者を競うアジアクラブ選手権で、日本の読売クラブが不戦勝で優勝。日本勢の2連覇。

1988 年 2月 2日
【サッカー】 日本代表が中東遠征。国際親善試合でオマーンに1-1と引き分ける。

1988 年 5月 8日
【サッカー】 第23回日本サッカーリーグは、マツダを破ったヤマハが2試合を残して初優勝確定。外国人コンビが大活躍。

1988 年 6月 4日
【サッカー】 マラハリムカップで、日本B代表が2度目の優勝。

1988 年 6月 7日
【サッカー】 キリンカップ決勝は、ジーコ率いるフラメンゴが1-0でレバークーゼンを降し優勝。日本は3連覇で最下位。

1988 年 6月 9日
【サッカー】 古河の永井良和が引退を発表。すでに引退を表明していた奥寺とともに、古河の「顔」2人が引退となった。

1988 年 12月 12日
【サッカー】 アジア杯は大学選抜チームで本大会進出。1分3敗の最下位で1次リーグ敗退。

1989 年 1月 1日
【サッカー】 天皇杯決勝は日産がフジタを破って優勝。

1989 年 1月 10日
【サッカー】 全国高校選手権、清水商が市立船橋を破って優勝。

1989 年 1月 20日
【サッカー】 テヘランで国際親善試合を行い、日本とイランは2-2の引き分け。

1989 年 2月 26日
【サッカー】 「国立競技場を満員にしよう」キャンペーンで、入場料無料JSL新記録4万1千人の観客動員。

1989 年 4月 26日
【サッカー】 第24回日本サッカーリーグは日産が本田技研を1-0で破り、念願の初優勝。JSL杯、天皇杯と合わせて三冠。

1989 年 4月 30日
【サッカー】 日本サッカーリーグ最終節、全日空クラブがヤンマーを2-1で破って、再昇格1年目で2位と躍進。

1989 年 4月 30日
【サッカー】 第24回日本リーグ閉幕。勝点制度改正(従来の勝利2を「3」に)効果で1試合平均の得点・観客数は前年増、引き分けも減少。

1989 年 6月 25日
【サッカー】 イタリアで来年開催のW杯アジア1次予選、日本は北朝鮮との第2戦に0-2で敗れ、予選敗退が濃厚となった。

1989 年 9月 9日
【サッカー】 第1回日本女子サッカーリーグが開幕(初代女王は鈴与清水FC)

1990 年 1月 1日
【サッカー】 天皇杯決勝は日産がヤマハを破って2連覇。

1990 年 1月 8日
【サッカー】 全国高校選手権、南宇和が武南を破って初優勝。

1990 年 1月 20日
【サッカー】 日本サッカーリーグ25周年記念「JSL選抜―バイエルン・ミュンヘン」。バイエルンが2-1で勝利。

1990 年 4月 8日
【サッカー】 第25回日本サッカーリーグ最終節は日産自動車が2連覇を達成。また、昨年に続く連続三冠に輝いた。

1990 年 4月 29日
【サッカー】 アジア・クラブ選手権。日産は遼寧省(中国)と決勝を戦い、1分1敗で準優勝。

1990 年 7月 31日
【サッカー】 北京で第1回ダイナスティカップ開催。日本は韓国、中国、北朝鮮に3連敗。

1990 年 8月 25日
【サッカー】 三浦和良がブラジルから帰国、読売クラブに入団。JSL杯で日本デビュー。

1990 年 10月 1日
【サッカー】 北京アジア大会男子サッカーは準々決勝でイランに0-1で敗れ、20年ぶりのベスト4ならず。

1990 年 10月 6日
【サッカー】 始めて公式競技に採用された北京アジア大会での女子サッカーで、日本は北朝鮮と引き分けて銀メダル獲得。

1990 年 10月 7日
【サッカー】 第26回日本リーグ開幕。三ツ沢で日産―東芝、NKK―読売のダブルヘッダー。

1991 年 1月 1日
【サッカー】 第70回天皇杯決勝が行われ、松下電器が3連覇を狙う日産自動車にPKで勝ち、初優勝を決めた。

1991 年 1月 8日
【サッカー】 高校選手権決勝は、初の九州対決。国見が鹿児島実(前園真聖ら)を破り優勝。

1991 年 1月 20日
【サッカー】 第2回日本女子リーグは、読売クラブが優勝。

1991 年 1月 23日
【サッカー】 W杯や五輪予選で不振が続く日本代表に、日本サッカー協会が約1200人の著名を携え、横山監督の退任を要求。

1991 年 1月 30日
【サッカー】 来年のプロリーグ発足に向け、参加10チームが内定。報道説明会が行われ、2月14日に正式発表された。

1991 年 4月 14日
【サッカー】 第26回日本サッカーリーグ1部。読売が3試合を残して4季ぶり4度目の優勝。

1991 年 6月 6日
【サッカー】 第1回女子世界選手権(W杯)の切符を懸けたアジア女子選手権は、準決勝で台湾にPK勝ち、初の世界大会出場。

1991 年 6月 9日
【サッカー】 キリンカップ'91最終戦、日本代表がトッテナム・ホットスパー(イングランド)に4-0で快勝し、大会初優勝。

1991 年 7月 27日
【サッカー】 長崎で最後の日韓定期戦。日本は0-1で完敗。

1991 年 9月 7日
【サッカー】 住友金属に加入した元ブラジル代表ジーコのデビューとなる日本リーグ2部開幕戦に、約6千人の観客。

1991 年 9月 15日
【サッカー】 デレオン、ウーゴ・マラドーナ、リネカーなどのW杯で活躍した大物外国選手が、日本への移籍を発表。

1991 年 11月 14日
【サッカー】 日本女子代表FW長峯かおりのイタリアFCレジアナへの移籍が発表。

1991 年 11月 21日
【サッカー】 第1回女子世界選手権(中国・広州)。日本は3戦全敗で予選リーグ敗退となる。

1992 年 1月 1日
【サッカー】 天皇杯、日産自動車が読売クラブを破り優勝。

1992 年 1月 8日
【サッカー】 高校選手権は、帝京(松波正信ら)と四日市中央工業(小倉隆史、中西永輔ら)が延長引き分けで両校優勝。

1992 年 1月 30日
【サッカー】 バルセロナ五輪のアジア最終予選最終日、日本はカタールに0-1で敗れて24年ぶりの五輪出場ならず。

1992 年 2月 7日
【サッカー】 アジア・カップウィナーズ選手権、日産が初優勝。

1992 年 3月 17日
【サッカー】 史上初となる外国人の日本代表監督に就任したマリウス・ヨハン・オフト氏の記者会見が渋谷で行われた。

1992 年 3月 29日
【サッカー】 プロ・リーグへの移行から今季で最後となる日本サッカーリーグが、読売の優勝で27年間の歴史に幕を閉じた。

1992 年 4月 9日
【サッカー】 日本サッカー協会は、日本がアメリカW杯予選を突破した場合、高額ボーナスを支給する制度の導入を発表。

1992 年 4月 12日
【サッカー】 日本リーグからJリーグへの移行を記念した「チャンピオンカップ(ゼロックス)」は、読売が制す。

1992 年 6月 7日
【サッカー】 オフトジャパンの初陣となったキリンカップ最終日、日本はウェールズに0-1で敗れ、3チーム中最下位。

1992 年 6月 15日
【サッカー】 読売・三浦和良が年俸1億円で契約更新を果たす。

1992 年 7月 7日
【サッカー】 日本協会がFIFAの通達を受け、GKのバックパス処理など、新ルールを国内の試合にも適用すると発表。

1992 年 8月 29日
【サッカー】 東アジア4カ国対抗戦「ダイナスティカップ」決勝は、日本が韓国をPK戦の末に破り、初優勝を飾った。

1992 年 9月 5日
【サッカー】 来年開幕のプロサッカー「Jリーグ」初の公式戦、ヤマザキナビスコ杯が開幕。各地で盛り上がりを見せた。

1992 年 11月 3日
【サッカー】 アジアカップ予選リーグ最終日は、日本が同組首位のイランを1-0で破って、初の準決勝進出を決める。

1992 年 11月 6日
【サッカー】 広島スタジアムで行われたアジアカップ準決勝は、日本が中国を3-2で破って初の決勝進出を決めた。

1992 年 11月 8日
【サッカー】 第10回アジアカップ広島大会決勝は、5万人の観客が見守る中、日本がサウジアラビアに1-0で勝ち、初優勝。

1992 年 11月 23日
【サッカー】 ナビスコ杯決勝の視聴率は、7.2%(関東地区)を記録

1992 年 12月 26日
【サッカー】 Jリーグは、公式戦入場者数を1ケタ単位の実数で公表すると発表。

1993 年 1月 1日
【サッカー】 天皇杯は日産横浜マリノスが読売クラブ(V川崎)を破って、2年連続の優勝。

1993 年 1月 8日
【サッカー】 高校選手権は、国見が山城を破って、2年ぶりの優勝を果たす。

1993 年 3月 13日
【サッカー】 Jリーグ開催戦入場券の抽選会(応募総数は30万6269通)が行われる。

1993 年 4月 8日
【サッカー】 来年に開催されるアメリカW杯のアジア1次予選が始まり、日本は初戦のタイに1-0で勝ち、好発進。

1993 年 4月 18日
【サッカー】 アメリカW杯アジア1次予選F組日本ラウンドの最終戦、日本はUAEに2-0で勝って、無敗の首位で折り返した。

1993 年 5月 8日
【サッカー】 アメリカW杯アジア1次予選F組は、日本がUAE(アラブ首長国連邦)と1-1で引き分け、最終予選進出を決めた。

1993 年 5月 15日
【サッカー】 プロリーグ「Jリーグ」が、国立競技場のV川崎-M横浜を皮切りに開幕。横浜MがV川崎を2-1で下した。

1993 年 5月 17日
【サッカー】 J開幕戦「V川崎―横浜M」のテレビ総視聴率は32.4%(関東地区)と発表。

1993 年 5月 21日
【サッカー】 W杯アジア1次予選突破の日本代表に、日本協会が一人100万円の報奨金。

1993 年 7月 3日
【サッカー】 V川崎・加藤久が清水へ。Jリーグ移籍第1号。

1993 年 7月 7日
【サッカー】 Jリーグ前期(サントリーシリーズ)は鹿島が、駒場で浦和レッドダイヤモンズを2-0で降し、初優勝を飾った。

1993 年 7月 31日
【サッカー】 カシマでの鹿島―名古屋戦で、カラーコピーによる偽造チケットが見つかる。

1993 年 10月 18日
【サッカー】 アメリカW杯最終予選第2節、日本はイランに1-2で敗れて予選初黒星。早くも負けられない状況になった。

1993 年 10月 25日
【サッカー】 アメリカW杯最終予選第4節、日本は韓国に1-0で勝利。最終戦でイラクに勝てばW杯初出場が決まる。

1993 年 10月 28日
【サッカー】 カタール・ドーハでのアメリカW杯最終予選、日本はイラクから終了間際に同点を許し、W杯初出場を逃した。

1994 年 1月 1日
【サッカー】 天皇杯決勝は、横浜Fが鹿島を破って初優勝。

1994 年 1月 8日
【サッカー】 高校選手権、清水市商(安永聡太郎、川口能活ら)が国見を破り3度目の優勝。

1994 年 1月 16日
【サッカー】 前期、後期の優勝チームが戦う「'93チャンピオンシップ」第2戦はV川崎が1-1で鹿島と引き分け、初代王者。

1994 年 1月 18日
【サッカー】 Jリーグ表彰式は最優秀選手に初代王者V川崎の三浦知良が選ばれ、総額1650万円相当の商品等を獲得。

1994 年 3月 8日
【サッカー】 Jリーグはサドンデス方式の延長戦の呼称を「Vゴール方式」とすることを決定。

1994 年 3月 23日
【サッカー】 市原のルーキー、18歳の城彰二が平塚戦で2得点。開幕戦から4試合連続得点をマークし注目を集める。

1994 年 4月 14日
【サッカー】 日本サッカー協会はファルカン新監督初となる日本代表候補22人を発表。代表未経験選手が12人選ばれた。

1994 年 5月 12日
【サッカー】 キリン杯に出場予定のアルゼンチンが、薬物疑惑のあるマラドーナの入国を日本が拒否したために来日を中止。

1994 年 5月 29日
【サッカー】 ファルカン代表初の国際試合となるキリンカップは、日本がフランスに1-4と大敗して、3カ国中最下位に。

1994 年 6月 11日
【サッカー】 Jリーグ前期(サントリーシリーズ)は、広島が磐田を2-1の劇的な逆転勝利で破り、初優勝を飾った。

1994 年 6月 15日
【サッカー】 鹿島のジーコが引退試合のジュビロ磐田戦で1ゴール1アシスト。J誕生に合わせ来日し、41歳までプレーした。

1994 年 6月 17日
【サッカー】 V川崎のカズこと三浦知良が、イタリア1部リーグ(セリアA)のジェノアに1年間の期限付きの移籍を発表。

1994 年 8月 17日
【サッカー】 鹿島が第2ステージ開幕からPK戦で3連敗。

1994 年 8月 23日
【サッカー】 異例の猛暑で芝が荒れている三ツ沢競技場は、パレット式置換型天然芝約2万個を敷き詰めることを決定。

1994 年 9月 4日
【サッカー】 イタリア・セリエAのジェノアに移籍した三浦知良は、ACミランとの開幕戦に先発出場も負傷により交代。

1994 年 9月 16日
【サッカー】 日本協会は国際基準に従い、自殺点の呼称をオウンゴールに変えることを発表。

1994 年 9月 23日
【サッカー】 インドネシアでのアジアユース選手権は日本がイラクを3-0で破り、ワールドユース選手権の出場権を獲得。

1994 年 10月 11日
【サッカー】 広島アジア大会の準々決勝、日本は終了間際に与えたPKで韓国に2-3と敗れ、24年ぶりのベスト4を逃す。

1994 年 10月 21日
【サッカー】 日本サッカー協会は、ファルカン日本代表監督の後任として横浜Fの加茂周監督に就任を要請した。

1994 年 12月 2日
【サッカー】 Jリーグ2年目のチャンピオンシップは、後期優勝のV川崎が前期優勝の広島に2連勝して、2年連続年間王者に。

1994 年 12月 6日
【サッカー】 Jリーグは来季からの勝点制(勝利=3、PK負け=1)の導入を決定。

1995 年 1月 1日
【サッカー】 天皇杯決勝は平塚がC大阪を破って優勝。

1995 年 1月 8日
【サッカー】 5大陸の王者とホスト国が競うインターコンチネンタル杯、日本はアルゼンチンに1-5で敗れ、B組最下位に。

1995 年 1月 8日
【サッカー】 高校選手権、市立船橋(城定信次ら)が帝京を破って初優勝を遂げる。

1995 年 2月 26日
【サッカー】 ダイナスティ杯決勝が香港で行われ、日本―韓国は2-2の延長になり、PK戦を5-3で勝利、2連覇を達成した。

1995 年 3月 29日
【サッカー】 国立で行われたJリーグ前期第5節、浦和-名古屋は0-0から延長戦に。PK戦10-9で名古屋が勝った。

1995 年 4月 19日
【サッカー】 ワールドユースで、日本はブルンジに2-0で勝ち初の準々決勝進出を果たし、ベスト8となる。

1995 年 5月 3日
【サッカー】 平塚・野口幸司が鹿島戦で、1試合5ゴール。

1995 年 5月 28日
【サッカー】 キリン杯最終日は日本がエクアドルに3-0と快勝し、4年ぶり2度目の優勝。国内初タイトルを飾った。

1995 年 5月 31日
【サッカー】 FIFA理事会がフランスW杯決勝トーナメントからVゴール方式の採用を決定。

1995 年 6月 3日
【サッカー】 4カ国対抗のインターナショナルチャレンジ大会がイギリス・ロンドンのウェンブリー競技場で開幕。

1995 年 6月 22日
【サッカー】 日本協会が高校選手権に、朝鮮高等学校ら各種、専修学校の参加を正式に認める。

1995 年 7月 22日
【サッカー】 Jリーグ・サントリーシリーズ(前期)は横浜Mが優勝。昨年まで低迷していた浦和が3位とリーグを盛り上げた。

1995 年 8月 2日
【サッカー】 第1回アジアスーパーカップ第2戦は、三ツ沢で横浜Fがタイ・ファーマーズに3-2で勝利し、初代王者に。

1995 年 8月 9日
【サッカー】 福田正博がブラジルとの親善試合(国立)で、日本人選手として史上初のゴール。

1995 年 8月 19日
【サッカー】 名古屋が後期開幕3連勝、ホーム12連勝を記録。

1995 年 11月 22日
【サッカー】 加茂日本代表監督の後任を巡り、日本サッカー協会はネルシーニョ監督への要請から一転、「続投」を決定。

1995 年 11月 25日
【サッカー】 福田正博が日本人選手初の得点王に輝く。

1995 年 12月 6日
【サッカー】 横浜Mの1勝で迎えたチャンピオンシップ第2戦は国立で行われ、横浜MがV川崎を1-0で破り、初優勝を飾った。

1995 年 12月 11日
【サッカー】 Jリーグアウォーズ(年間表彰式)が行われ、最優秀選手に名古屋のFWストイコビッチが選ばれた。

1995 年 12月 25日
【サッカー】 第6回アジア・カップウィナーズ選手権準決勝は、平塚(天皇杯優勝)が4-3で横浜F(前年優勝)を破り決勝進出。

1996 年 1月 1日
【サッカー】 天皇杯決勝は名古屋が広島を破って初優勝。

1996 年 1月 8日
【サッカー】 高校選手権、静岡学園(南雄太ら)と鹿児島実業(平瀬智行ら)の両校が優勝。

1996 年 3月 24日
【サッカー】 アトランタ五輪アジア最終予選準決勝、日本はサウジアラビアを2-1で破り28年ぶりに五輪出場権を獲得した。

1996 年 4月 13日
【サッカー】 横浜FがJ新の開幕7連勝(8連勝まで更新)。連続無失点はタイの6でストップ。

1996 年 5月 29日
【サッカー】 キリン杯最終戦はメキシコに3-2で逆転勝利を収め、日本が2年連続3度目の優勝を成し遂げた。

1996 年 5月 31日
【サッカー】 FIFAは2002年のW杯開催国についてスイス・チューリッヒで理事会を開き、「日本、韓国の共同開催」を決定。

1996 年 7月 21日
【サッカー】 アトランタ五輪予選リーグ(マイアミ)で、日本が1-0で全年代を通じて初めてブラジルを破った。

1996 年 7月 26日
【サッカー】 アトランタ五輪予選リーグ最終日、日本はハンガリーに3-2で勝利したが、得失点差で決勝進出ならず。

1996 年 9月 7日
【サッカー】 V川崎・三浦知良がJ通算70得点で、アルシンドを抜いて歴代トップ。

1996 年 9月 8日
【サッカー】 京都パープルサンガが西京極で浦和に1-0で勝って、連敗を17でストップさせた。176日目の初勝利となる。

1996 年 9月 14日
【サッカー】 柏Jタイ12連勝。

1996 年 9月 25日
【サッカー】 国立でナビスコ杯決勝が行われ、清水が延長3-3からのPK戦を5-4で制して、念願の初優勝を獲得。

1996 年 9月 28日
【サッカー】 名古屋は柏レイソルに1-2と敗れ、イングランド・アーセナルに移籍するベンゲル監督の最期を飾れなかった。

1996 年 10月 27日
【サッカー】 JFL神戸が2位を確定、来季のJ昇格を確定。

1996 年 11月 9日
【サッカー】 初めて1シーズンで行われたJリーグの最終節は、OBジーコが総監督として復帰した鹿島の優勝が決まった。

1996 年 11月 9日
【サッカー】 浦和・田北雄気がGKとしてJ初のゴール。

1996 年 11月 20日
【サッカー】 Jリーグとナビスコ杯の上位2チームによる「サントリー杯」決勝、Jリーグ2位の名古屋が同1位鹿島を破り優勝。

1996 年 12月 10日
【サッカー】 Jリーグは、リーグ戦の来季からの勝点制変更(90分勝利が3、延長勝利が2、PK戦勝利が1)を決定。

1996 年 12月 15日
【サッカー】 UAEで行われているアジア杯の準々決勝で、日本は0-2でクウェートに完敗。前回広島大会に続く連覇ならず。

1997 年 1月 1日
【サッカー】 天皇杯決勝は、古河電工がヤンマーを破り優勝。

1997 年 1月 1日
【サッカー】 天皇杯決勝はV川崎が広島を破って優勝。

1997 年 1月 8日
【サッカー】 全国高校選手権は関西から首都圏開催に移行。浦和南が静岡学園を破って優勝。

1997 年 1月 8日
【サッカー】 高校選手権、市立船橋(北嶋秀朗ら)が桐光学園(中村俊輔ら)を破り優勝。

1997 年 2月 4日
【サッカー】 JFL鳥栖フューチャーズの運営会社が解散。サガン鳥栖として生まれ変わる。

1997 年 2月 5日
【サッカー】 日本リーグ1部最終節第1日、古河がトヨタに2-0で勝ち、日本リーグ発足12年目にして初優勝を遂げた。

1997 年 2月 11日
【サッカー】 アルゼンチンのインデペンディエンテが来日。日本代表は1分1敗。

1997 年 3月 10日
【サッカー】 アルゼンチンW杯予選。日本はイスラエルに2勝2敗で、早々に予選敗退。

1997 年 4月 16日
【サッカー】 ガンバ大阪がFWエムボマの活躍で横浜Mに4-0と快勝し、Jリーグ5年目で初の開幕2連勝をマークした。

1997 年 4月 19日
【サッカー】 G大阪・稲本潤一が17歳7カ月と1日でJ最年少得点を記録(当時)。

1997 年 4月 28日
【サッカー】 アジアユース選手権(イラン)。日本は準々決勝で韓国にPK勝ちでベスト4進出も、結局4位に終わる。

1997 年 6月 1日
【サッカー】 西ドイツの1FCケルンとの親善試合が行われ、日本が1-0で勝利。西ドイツのプロから初の勝利を挙げる。

1997 年 6月 29日
【サッカー】 マレーシアでのWユースは、日本が準々決勝でガーナに敗れ、初のベスト4進出ならず。2大会連続ベスト8。

1997 年 8月 1日
【サッカー】 よみうりランドで第1回全日本少年サッカー開催。

1997 年 8月 28日
【サッカー】 駒場競技場でJOMOカップが行われ、日本代表とJ外国籍選手が対戦。Wアジア最終予選目前の壮行試合となる。

1997 年 9月 8日
【サッカー】 日本リーグ1部はW杯予選の関係で、9月に開幕(~翌年2月)。PK戦採用。

1997 年 9月 14日
【サッカー】 ニューヨーク・コスモスが日本代表に3-1で勝利。ペレの日本での引退試合と釜本の代表ラストゲーム。

1997 年 9月 28日
【サッカー】 W杯アジア最終予選Bグループ第3戦、日本は韓国にホームで1-2の逆転負け。ライバルに敗れ、暗雲ムードに。

1997 年 10月 3日
【サッカー】 古河電工は、日本人初のプロ選手として日本代表・奥寺康彦の西ドイツ・1.FCケルンへの移籍を発表。

1997 年 10月 4日
【サッカー】 W杯アジア最終予選Bグループ第4戦、日本はカザフスタンと1-1の引き分け。終了間際の失点で勝点3を逃す。

1997 年 10月 4日
【サッカー】 日本サッカー協会はW杯最終予選で遠征中に会見し、加茂周監督の更迭、岡田武史コーチの昇格を発表。

1997 年 10月 4日
【サッカー】 G大阪・エムボマが得点王を獲得。

1997 年 10月 4日
【サッカー】 横浜M・サリナスがJ新の7試合連続得点を記録。

1997 年 10月 11日
【サッカー】 W杯最終予選第5戦、1週間前突然の監督交代が行われた日本はウズベキスタンとアウエーで1-1で引き分けた。

1997 年 10月 26日
【サッカー】 W杯最終予選第6戦、日本はUAEとまたも1-1で引き分け。自力での本大会出場消滅にサポーターが激怒。

1997 年 11月 1日
【サッカー】 ソウルでのW杯アジア最終予選、日本は韓国との第7戦を2-0で勝利。日本は2位となり最終戦に望みを繋いだ。

1997 年 11月 2日
【サッカー】 札幌がJFL優勝で、J昇格を果たす。

1997 年 11月 8日
【サッカー】 W杯アジア最終予選Bグループ最終戦、日本がカザフスタンを5-1で破り、グループ第2位で第3代表決定戦に。

1997 年 11月 16日
【サッカー】 フランスW杯アジア第3代表決定戦で、日本は延長の末3-2でイランを破り、悲願の本大会初出場を決めた。

1997 年 12月 13日
【サッカー】 Jリーグチャンピオンシップは磐田が鹿島に連勝して初の年間王者に輝く。

1998 年 1月 1日
【サッカー】 天皇杯決勝は、フジタがヤンマーを破って優勝。

1998 年 1月 1日
【サッカー】 天皇杯決勝は鹿島が横浜Fを破って優勝。

1998 年 1月 8日
【サッカー】 高校選手権、東福岡(本山雅志ら)が帝京(中田浩二ら)を破り優勝。

1998 年 1月 9日
【サッカー】 全国高校選手権は、武南が???を破って初優勝。

1998 年 1月 29日
【サッカー】 W杯予選の影響で約半年開幕が遅れた第13回日本リーグ1部は、第16節でフジタが東洋を3-0で下して初優勝。

1998 年 3月 1日
【サッカー】 横浜国際総合競技場(現・日産スタジアム)がダイナスティ杯でオープン。

1998 年 3月 12日
【サッカー】 日本リーグ1部・2部入れ替え戦で読売クラブがトヨタ自動車を2-0で破り、2連勝で1部昇格を決める。

1998 年 4月 29日
【サッカー】 磐田・中山雅史がギネス記録となる4試合連続ハットトリックを達成。

1998 年 5月 20日
【サッカー】 第1回ジャパンカップ開催。欧米のクラブチームと韓国、タイ、日本の代表、日本選抜の計8チームが参加。

1998 年 5月 29日
【サッカー】 第1回ジャパンカップ開催。決勝はボルシアMGとパルメイラスが1-1の引き分けで、両チーム優勝となる。

1998 年 6月 2日
【サッカー】 フランスW杯本大会代表最終メンバーが岡田監督の口から発表され、カズこと三浦知良が外れる。

1998 年 6月 10日
【サッカー】 フランスW杯でチケットが確保できず、6千人分の日本戦ツアーが中止に。

1998 年 6月 14日
【サッカー】 テゥールーズで行われたW杯初戦、日本はグループ最強のアルゼンチンに0-1で敗れ、世界の高い壁を痛感。

1998 年 6月 20日
【サッカー】 ナントで行われたフランスW杯第2戦はクロアチアに0-1で敗れ、日本は早くも予選グループでの敗退が決定。

1998 年 6月 29日
【サッカー】 リヨンでのフランスW杯第3戦は、同じ初出場のジャマイカに1-2で敗れ、初めてのW杯を3戦全敗で終えた。

1998 年 6月 29日
【サッカー】 フランスW杯から帰国した日本代表を成田空港で約1000人のファンが出迎え。城彰二が水をかけられる騒動も。

1998 年 7月 6日
【サッカー】 イタリアの有力紙が、日本代表・中田英寿のセリエA・ペルージャへの入団が決定したと報道。

1998 年 8月 31日
【サッカー】 次期日本代表監督にフランス人のフィリップ・トルシエ氏が就任。経験不足とメンタルの向上を主張した。

1998 年 9月 23日
【サッカー】 三菱・落合弘が第12節・日本鋼管戦でリーグ初の200試合出場を達成。

1998 年 10月 28日
【サッカー】 3年ぶりの春開幕でスタートした日本リーグ1部。三菱が東洋を3-1で破り、3度目のリーグ制覇成し遂げた。

1998 年 10月 28日
【サッカー】 横浜Fが同じ横浜をホームに持つマリノスと合併することが明らかとなり、翌日リーグ臨時理事会も認める。

1998 年 10月 31日
【サッカー】 横浜F、横浜M両チームの試合会場で、合併発表後初めてサポーターにクラブ側から説明が行われた。

1998 年 11月 1日
【サッカー】 横浜駅西口で、横浜Fの選手25人による合併反対の署名活動が行われた。

1998 年 11月 12日
【サッカー】 読売新聞がV川崎から撤退、日テレが株主に。

1998 年 11月 19日
【サッカー】 アルゼンチンW杯出場のソ連代表が初来日。親善試合第1戦は国立競技場で行われ、ソ連が4-1と快勝。

1998 年 11月 19日
【サッカー】 来年のJリーグ2部制導入に伴い、来季は市原・神戸・福岡がJ1、川崎Fと札幌はJ2からのスタートとなった。

1998 年 12月 7日
【サッカー】 札幌の監督に元日本代表・岡田武史氏就任と発表。

1998 年 12月 16日
【サッカー】 平塚・呂比須ワグナーの名古屋移籍が発表される。

1999 年 1月 1日
【サッカー】 横浜Mとの合併発表から約2カ月、最後の公式戦・天皇杯を優勝で飾り、横浜Fはチームの歴史に幕を下ろした。

1999 年 1月 7日
【サッカー】 V川崎・三浦知良がクロアチア・ザグレブ移籍。

1999 年 1月 8日
【サッカー】 全国高校選手権、東福岡(金古聖司ら)が帝京(田中達也ら)を破り優勝。

1999 年 2月 12日
【サッカー】 日本サッカー協会理事会は、横浜フリューゲルスのサポーターが設立した新クラブ「横浜FC」を条件付き承認。

1999 年 3月 6日
【サッカー】 J1開幕。PK戦廃止、延長引き分け制に。

1999 年 3月 14日
【サッカー】 Jリーグディビジョン2(J2)が開幕、各地で5試合が行われた。岡田武史監督が率いる札幌は大分に0-1で敗戦。

1999 年 3月 20日
【サッカー】 鹿島が前年から続く連勝記録を16に伸ばす。

1999 年 4月 7日
【サッカー】 ナビスコ杯開幕。J1とJ2によるトーナメント。

1999 年 4月 21日
【サッカー】 ワールドユース準決勝がナイジェリア・ラゴスで行われ、日本が2-1でウルグアイを破り初の決勝進出。

1999 年 4月 24日
【サッカー】 ナイジェリアのWユース決勝、日本はスペインに0-4で敗れて準優勝。ベストイレブンに小野伸二、本山雅志。

1999 年 5月 26日
【サッカー】 ホームの磐田は延長Vゴールで福岡に勝ち、第1ステージで優勝。アジアクラブ選手権とWタイトル獲得。

1999 年 6月 8日
【サッカー】 磐田・名波浩がセリエA・ヴェネチアへ移籍。

1999 年 6月 15日
【サッカー】 ゼネコンの準大手フジタがJ1平塚の経営から撤退することを発表。今後は市民型クラブとして再生を目指す。

1999 年 7月 5日
【サッカー】 パラグアイで行われている南米選手権予選最終日、日本はボリビアと1-1で引き分け、1分2敗で予選敗退。

1999 年 7月 5日
【サッカー】 井原正已が南米選手権ボリビア戦で日本代表Aマッチ通算122試合出場達成。

1999 年 11月 6日
【サッカー】 シドニー五輪を懸けた最終予選Cグループ、日本がカザフスタンを3-1で破って2大会連続6回目の五輪出場。

1999 年 11月 16日
【サッカー】 水戸ホーリーホックのJ2来季加入を承認。

1999 年 11月 21日
【サッカー】 J2最終節、FC東京がアルビレックス新潟に1-0で勝利して勝点を64に伸ばし2位が確定、来季のJ1昇格を決めた。

1999 年 11月 27日
【サッカー】 J1残留をかけた最終節、浦和が延長Vゴールで勝ったものの、わずかに得失点差1で来季のJ2降格が決定。

1999 年 12月 11日
【サッカー】 Jリーグチャンピオンシップ第2戦、清水が延長Vゴールで1勝1敗も、PK戦を磐田が制して2年ぶりの王者に。

1999 年 12月 29日
【サッカー】 横浜・井原正已が戦力外通告、磐田へ移籍。

2000 年 1月 1日
【サッカー】 天皇杯決勝は名古屋が広島を破って優勝。

2000 年 1月 6日
【サッカー】 横浜・城彰二がスペイン1部バリャドリード移籍。

2000 年 1月 8日
【サッカー】 高校選手権、市立船橋(黒河貴矢ら)が鹿児島実業(松井大輔ら)を破り優勝。

2000 年 2月 5日
【サッカー】 三浦知良が1年11カ月ぶり国際Aマッチ出場。

2000 年 2月 15日
【サッカー】 V川崎'01シーズンからの東京移転承認される。

2000 年 4月 15日
【サッカー】 アジアカップウィナーズ・カップ、清水が初優勝。

2000 年 4月 22日
【サッカー】 初の川崎ダービー。V川崎が川崎Fに2-0勝利。

2000 年 5月 27日
【サッカー】 J1第1ステージ最終節、勝てば初優勝のC大阪が延長Vゴールで川崎Fに敗れ、横浜FMが逆転で第1ステージを制す。

2000 年 6月 4日
【サッカー】 モロッコでの「ハッサン2世杯」、日本は前回のW杯王者フランスに2-2からPK戦で敗れるも互角の勝負を演じた。

2000 年 8月 12日
【サッカー】 G大阪・稲本潤一が最年少でJ100試合達成。

2000 年 9月 20日
【サッカー】 シドニー五輪サッカー予選最終日、日本はブラジルに0-1で敗れるが、グループ2位で決勝トーナメント進出。

2000 年 9月 23日
【サッカー】 シドニー五輪サッカー準々決勝、日本がアメリカにPK戦の末4-5と敗れ、メキシコ大会以来のベスト4ならず。

2000 年 10月 14日
【サッカー】 レバノンでアジアカップが開幕。日本は予選グループ初戦、当時で強豪サウジアラビアに4-1と快勝。

2000 年 10月 21日
【サッカー】 J2札幌が岡田武史監督の下、湘南ベルマーレに勝ちをもぎとり2位以内を確定、J1昇格を決めた。

2000 年 10月 26日
【サッカー】 アジアカップ準決勝、日本が中国を3-2と逆転で破った。29日の決勝は再びサウジアラビアと戦うことなった。

2000 年 10月 29日
【サッカー】 アジアカップ(アジア杯)決勝、日本がサウジアラビアを1-0で破り、'92年広島大会以来2大会ぶり2度目の優勝。

2000 年 11月 19日
【サッカー】 J2最終節、駒場では浦和が延長Vゴールで鳥栖を破り、勝点82としてJ1昇格を決めた。大分はわずか1点差の81。

2000 年 11月 26日
【サッカー】 J2第2ステージ最終節、京都戦で神戸の永島昭浩が引退に花を添えるVゴール

2001 年 1月 1日
【サッカー】 Jリーグ、ナビスコ杯を制した王者・鹿島が、天皇杯も制してJリーグ史上初の「三冠」を達成。

2001 年 1月 8日
【サッカー】 高校選手権は国見(大久保嘉人、松橋章太ら)が草津東を破って優勝。

2001 年 3月 10日
【サッカー】 初の東京ダービー。FC東京が東京Vを破る。

2001 年 3月 11日
【サッカー】 初めて全国発売されたサッカーくじ、”toto”で、最高額の1億円。

2001 年 3月 25日
【サッカー】 フランス・パリで日本代表はフランス代表と国際親善試合を行い、0-5と完敗。技術の差を感じる結果に。

2001 年 6月 2日
【サッカー】 コンフェデ杯1次リーグB組第2戦、日本がカメルーンを2-0で破り連勝。準決勝進出を決めた。

2001 年 6月 4日
【サッカー】 コンフェデ杯1次リーグB組の最終戦、日本はブラジルと0-0で引き分け、無敗で予選を1位突破した。

2001 年 6月 7日
【サッカー】 コンフェデ杯準決勝、日本は中田英寿のFKの1点を守り抜き、1-0でオーストラリアを破り決勝進出を決めた。

2001 年 6月 10日
【サッカー】 日韓W杯の前哨戦ともいえるコンフェデレーションズ杯、日本は準優勝。フランスにも0-1と健闘が光った。

2001 年 6月 17日
【サッカー】 セリエAローマが、18季ぶり3度目の優勝。中田英寿は日本人初のスクデット(イタリア語で優勝盾)獲得の快挙。

2001 年 6月 24日
【サッカー】 アルゼンチンでWユース。日本は予選リーグ敗退。

2001 年 7月 14日
【サッカー】 Jリーグ第1ステージを最後に引退するストイコビッチが、ホーム名古屋のファンに別れのVゴールをプレゼント。

2001 年 7月 21日
【サッカー】 J1第1ステージ最終節、ヨーロッパへ移籍する稲本潤一(G大阪)、小野伸二(浦和)最後の試合を白星で飾った。

2001 年 7月 21日
【サッカー】 J1第1ステージ。市原が過去最高の2位確保。

2001 年 10月 13日
【サッカー】 埼玉スタジアムのこけら落とし「浦和―横浜FM」に6万553人の観客が集まる。

2001 年 10月 20日
【サッカー】 日本人GKとして初めてイングランドのポーツマスへ移籍する横浜FM・川口能活のラストゲームが行われた。

2001 年 10月 27日
【サッカー】 ナビスコ杯決勝、横浜FMが磐田をPK戦で降し、初優勝。川口能活の後任となる榎本達也がPKを3本止めた。

2001 年 11月 7日
【サッカー】 W杯初戦会場の埼玉スタジアムでイタリアと対戦、柳沢のゴールで先制し1-1で引き分けという健闘が光った。

2001 年 11月 12日
【サッカー】 清水・アレックスが日本国籍を取得。日本名を「三都主アレサンドロ」とする。

2001 年 11月 13日
【サッカー】 J2は'02シーズンからの延長戦廃止を決定。

2001 年 11月 18日
【サッカー】 J2最終節、ロスタイムのゴールで京都を破ったベガルタ仙台が2位となり優勝した京都とともに、J1昇格決定。

2001 年 11月 24日
【サッカー】 J1第2ステージ最終節が各地で行われ、降格が危ぶまれた横浜Fと東京Vは残留を果たし、福岡の降格が決定。

2001 年 12月 8日
【サッカー】 Jリーグチャンピオンシップ第2戦、カシマで行われ、鹿島が磐田を1-0で破り1勝1分で2年連続王者に輝いた。

2002 年 1月 1日
【サッカー】 天皇杯決勝は清水がC大阪を破って初優勝。

2002 年 1月 8日
【サッカー】 高校選手権は国見(徳永悠平ら)が岐阜工業(荻晃太ら)を破り、2年連続優勝。

2002 年 4月 6日
【サッカー】 J1初昇格の仙台が鹿島を破り開幕5連勝を記録。

2002 年 4月 27日
【サッカー】 ナビスコ杯開幕。J1の16チーム予選リーグ。

2002 年 5月 17日
【サッカー】 日韓W杯の代表23人に、中村俊輔、高原直泰ら若手が落選し、中山雅史、秋田豊のベテランがメンバー入り。

2002 年 5月 31日
【サッカー】 日韓W杯開幕戦で前回王者フランスがゼネガルに敗れる。

2002 年 6月 1日
【サッカー】 日韓W杯国内開幕戦(新潟)、第1号ゴールはカメルーンのエムボマ。

2002 年 6月 4日
【サッカー】 W杯グループリーグ初戦、日本は鈴木隆行、稲本潤一がゴール。ベルギーと2-2で引き分け、W杯初の勝点を獲得。

2002 年 6月 4日
【サッカー】 日韓W杯、韓国が6回目出場でW杯初勝利。

2002 年 6月 7日
【サッカー】 日韓W杯、スペインが決勝トーナメント進出一番乗り。

2002 年 6月 9日
【サッカー】 グループリーグ第2戦、日本は2試合連続となる稲本潤一のゴールにより、1-0でロシアを破り念願のW杯初勝利。

2002 年 6月 9日
【サッカー】 日韓W杯、日本がロシア戦でW杯初勝利。クラマー氏「勝つと信じていた」

2002 年 6月 11日
【サッカー】 日韓W杯、フランスが3試合無得点で予選敗退。

2002 年 6月 12日
【サッカー】 日韓W杯、アルゼンチンも予選敗退。

2002 年 6月 14日
【サッカー】 グループリーグ第3戦、日本がチュニジアを2-0で破り、2勝1分のグループ首位で決勝トーナメント進出決定。

2002 年 6月 16日
【サッカー】 日韓W杯、セネガル、アフリカ勢史上2カ国目の8強。

2002 年 6月 18日
【サッカー】 決勝トーナメント1回戦、日本はトルコに0-1で敗戦。冷たい雨の中、日本のW杯が終わった。

2002 年 6月 22日
【サッカー】 日韓W杯、韓国がスペインを破り、アジア初の4強。

2002 年 6月 30日
【サッカー】 日韓W杯決勝(最多入場者数:6万9029人を記録)はブラジルがドイツを破り、5度目の優勝。

2002 年 7月 21日
【サッカー】 J1第1ステージ第9節、イタリアへ移籍する仲村俊輔の全得点に絡む活躍で、横浜FMが2-1で東京Vに勝った。

2002 年 7月 22日
【サッカー】 ドイツW杯を目指す次期日本代表監督として、鹿島総監督・ジーコ氏の就任が日本サッカー協会から発表された。

2002 年 10月 16日
【サッカー】 新生ジーコジャパンの初戦となるキリンチャレンジ杯ジャマイカ戦(国立)が行われ、1-1で引き分けた。

2002 年 10月 27日
【サッカー】 J1・札幌が延長で鹿島に敗れJ2降格が決定。

2002 年 11月 4日
【サッカー】 ナビスコ杯で鹿島が優勝。Jリーグ十冠に大手。

2002 年 11月 9日
【サッカー】 J2第42節1日目が行われ、毎年最終節に涙をのんできた大分が川崎Fを2-1で降して、J2優勝とJ1昇格を決めた。

2002 年 11月 23日
【サッカー】 J1第2ステージ第14節で磐田が東京Vを延長1-0で破り、第1に続き第2ステージも制覇。史上初の完全優勝。

2002 年 11月 27日
【サッカー】 第1回AFCチャンピオンズリーグ、清水が鹿島とともに準々決勝に進出する。

2002 年 11月 30日
【サッカー】 J1第2ステージ最終節が各地で行われ、札幌ドームの札幌―広島で、広島が4-5と敗れ初のJ2降格が決定。

2002 年 12月 21日
【サッカー】 J1史上最年少の得点王とMVP選手であるFW高原直泰のドイツ1部ハンブルガーSVへの完全移籍を、J1磐田が発表。

2002 年 12月 24日
【サッカー】 J1は'03シーズンからの延長戦廃止を決定。

2002 年 12月 28日
【サッカー】 元日本代表、井原正已に続いて、福田正博も引退。

2003 年 1月 1日
【サッカー】 天皇杯決勝、京都が鹿島に2-1と逆転勝ち初優勝。京都はJリーグの関西チームとして初のタイトル獲得。

2003 年 1月 13日
【サッカー】 高校選手権、市立船橋(カレン・ロバート、増嶋達也、小宮山尊信)が国見(平山相太、松橋優)を破り優勝。

2003 年 1月 14日
【サッカー】 名古屋・樽崎正剛が日本人最高の1億円で更改。

2003 年 1月 26日
【サッカー】 ジーコの長男ジュニオールがJ2鳥栖に入団。

2003 年 2月 22日
【サッカー】 第1回A3チャンピオンズカップで鹿島が優勝、磐田は全敗で最下位に終わる。

2003 年 3月 12日
【サッカー】 第1回AFCチャンピオンズリーグ、鹿島と清水はともに準々決勝で敗退。

2003 年 3月 28日
【サッカー】 浦和・エジムンドは、カップ戦に2試合出場したのみで退団。

2003 年 4月 16日
【サッカー】 ソウルでの韓国戦、永井雄一郎(浦和)のゴールでジーコジャパン初勝利。

2003 年 5月 14日
【サッカー】 J1横浜FMと契約していたブラジル代表カフー(ローマ)が突然入団を拒否。

2003 年 6月 22日
【サッカー】 フランスでのコンフェデレーションズカップ、日本がコロンビアに0-1と敗れ2大会連続の準決勝進出を逃す。

2003 年 6月 25日
【サッカー】 鹿島・柳沢敦、セリエAサンプドリア移籍発表。

2003 年 7月 23日
【サッカー】 元市原の廣山望がフランスのモンペリエに移籍。

2003 年 8月 20日
【サッカー】 国立でのナイジェリア戦、ジーコ日本国内初勝利。

2003 年 9月 13日
【サッカー】 オランダ・ユトレヒトに移籍した藤田俊哉(磐田)がPSV戦で初ゴールを挙げる。

2003 年 9月 27日
【サッカー】 アメリカ女子W杯、日本は1次リーグで敗退。

2003 年 11月 3日
【サッカー】 ナビスコ杯決勝が国立で行われ、浦和が鹿島を4-0で降して初優勝。Jリーグ11年目で、初のタイトル獲得。

2003 年 11月 3日
【サッカー】 ナビスコ杯初優勝の浦和オフト監督、優勝会見で「今季限りの退任」を発表。

2003 年 11月 23日
【サッカー】 J2最終節、新潟がホームで大宮を1-0で破り、待望のJ1昇格を決めるとともにJ2優勝を飾った。

2003 年 11月 24日
【サッカー】 関東2部の草津が飛び級制度でJFL昇格。

2003 年 11月 29日
【サッカー】 J1第2ステージ最終節、横浜国際ほかで行われ、横浜FMが第2ステージを制し、昨年の磐田に続いて完全優勝。

2003 年 12月 2日
【サッカー】 鹿島が元日本代表の相馬直樹、秋田豊に戦力外通告。

2003 年 12月 10日
【サッカー】 第1回東アジア選手権最終日、日本は韓国と0-0で引き分け。総得点で1点及ばす、準優勝に終わった。

2003 年 12月 12日
【サッカー】 UAEのワールドユース、日本はベスト8止まりも坂田大輔(横浜FM)が得点王。

2004 年 1月 1日
【サッカー】 天皇杯決勝は磐田がC大阪を破って優勝。

2004 年 1月 12日
【サッカー】 高校選手権、国見が筑陽学園を破り優勝。国見・平山相太9点で2年連続得点王。

2004 年 2月 18日
【サッカー】 W杯1次予選初戦、日本はグループ最大のライバル・オマーンに終了間際、久保竜彦のゴールで1-0と勝利。

2004 年 4月 28日
【サッカー】 世界26位の日本が、前半32分の久保竜彦の豪快なゴールにより、同9位の強豪チェコを敵地で1-0と破った。

2004 年 5月 5日
【サッカー】 J1東京V・森本貴幸、15歳11カ月28日でJ最年少得点記録(稲本潤一)を更新。

2004 年 5月 18日
【サッカー】 千葉市をホームタウンに加えるJ1市原のチーム名「ジェフユナイテッド市原・千葉」への改称が承認される。

2004 年 6月 1日
【サッカー】 マンチェスターでベストメンバーをそろえたイングランドに対し、日本は1-1の引き分けと健闘を見せた。

2004 年 6月 26日
【サッカー】 J1横浜が第1ステージ優勝。史上初の3S連覇。

2004 年 7月 31日
【サッカー】 アジア杯準々決勝、日本は1-1からのPK戦で4人連続セーブの逆転勝利、ヨルダンを降し準決勝に進出。

2004 年 8月 3日
【サッカー】 アジア杯準決勝、日本が2試合連続の延長戦を制して、バーレンを4-3の逆転で勝利を果たす。

2004 年 8月 6日
【サッカー】 J1神戸イルハンが退団。3試合出場無得点。

2004 年 8月 7日
【サッカー】 アジア杯決勝は、日本が中国を3-1で破って、2大会連続の優勝。反日感情高まる中国の洗礼を跳ね返した。

2004 年 8月 11日
【サッカー】 アテネ五輪女子サッカーで日本は前回W杯準優勝のスウェーデンを1-0で破る大金星で、五輪初勝利。

2004 年 8月 15日
【サッカー】 アテネ五輪サッカー、イタリアに2-3と敗れ、1試合を残して予選敗退。結束力を見せたが力及ばず。

2004 年 10月 13日
【サッカー】 W杯1次予選、日本はアウエーでオマーンと対決、1-0で勝ち、来年2月から始まる最終予選へコマを進めた。

2004 年 11月 3日
【サッカー】 ナビスコ杯決勝、FC東京が浦和を降し、初優勝。

2004 年 11月 20日
【サッカー】 J1の浦和は、ホームの駒場競技場で名古屋に1-2と敗れたが、勝点7差の2位G大阪も負け、第2ステージ初優勝。

2004 年 12月 4日
【サッカー】 新潟県中越地震復興支援の親善試合が行われる。

2004 年 12月 11日
【サッカー】 来季からの1ステージ制で、J1最後となるチャンピオンシップ。横浜FMが延長の末PKを制して2年連続王者に。

2004 年 12月 12日
【サッカー】 J初の入れ替え戦第2戦、J1年間最下位の柏が、J2の3位福岡に2連勝して、J1残留を決めた。

2004 年 12月 15日
【サッカー】 天皇杯5回戦、来年J2昇格予定のJFLザスパ草津が、J1王者横浜FMを2-1で破り、準々決勝進出の番狂わせ。

2005 年 1月 1日
【サッカー】 天皇杯決勝は東京Vが磐田を破って優勝。

2005 年 1月 10日
【サッカー】 高校選手権決勝、鹿児島実業が史上初のPK戦で市立船橋を破って優勝。

2005 年 1月 26日
【サッカー】 鹿島・中田浩二がフランス1部リーグ・マルセイユに移籍金ゼロで完全移籍することが決定。

2005 年 2月 9日
【サッカー】 日本はW杯アジア最終予選初戦を行い、終了間際、大黒将志の得点で2-1と北朝鮮に辛勝した。

2005 年 3月 8日
【サッカー】 横浜FM―磐田で、磐田・福西崇史の”神の手ゴール”を、日本協会審判委員会は「正当なゴール」と見解。

2005 年 3月 30日
【サッカー】 W杯アジア最終予選B組、日本はバーレーンに1-0で勝って、同組2位に浮上、首位イランを勝点差1で追走する。

2005 年 5月 1日
【サッカー】 磐田・中山雅史がJ初の通算150ゴール。

2005 年 5月 8日
【サッカー】 G大阪・前田雅文の初得点がJ通算1万ゴール。

2005 年 5月 8日
【サッカー】 東京V・ワシントンが鹿島戦、高木義成の退場から急きょGKを務める。

2005 年 6月 3日
【サッカー】 W杯最終予選、日本・小笠原満男がシュートを決め、1-0でバーレーンを敵地で降し、本大会出場に王手。

2005 年 6月 8日
【サッカー】 バンコクで行われたW杯アジア最終予選、日本が2-0で北朝鮮を破り、3大会連続の本大会出場を決めた。

2005 年 6月 22日
【サッカー】 ドイツ・ケルンでのコンフェデレーションズカップ、日本はブラジルと2-2で引き分け準決勝には進めず。

2005 年 7月 11日
【サッカー】 浦和・エメルソンがカタール・アル・サドへ移籍。

2005 年 8月 7日
【サッカー】 第2回東アジア選手権最終日、日本は韓国に1-0で勝ったが、1勝1分1敗で2位、優勝を逃した(優勝は中国)。

2005 年 10月 4日
【サッカー】 横浜FCは三浦知良のオーストラリア・シドニーFCへの期限付き移籍を発表。シドニーは日本で行われる

2005 年 10月 16日
【サッカー】 フクダ電子アリーナが千葉―横浜FMでオープン。

2005 年 11月 5日
【サッカー】 ナビスコ杯決勝、千葉がG大阪に延長0-0からのPK戦を5-4で勝ち、初優勝。Jリーグ初タイトルとなった。

2005 年 12月 3日
【サッカー】 J1優勝争いは、5チームに優勝の可能性があり、分単位で優勝が揺れ動く大混戦。G大阪が初優勝に輝いた。

2005 年 12月 10日
【サッカー】 J1、J2入れ替え戦の第2戦、J2のヴァンフォーレ甲府が柏を6-2で降し、2戦2勝でJ1初昇格を決めた。

2006 年 1月 1日
【サッカー】 天皇杯決勝は浦和が清水を破って優勝。

2006 年 1月 9日
【サッカー】 第84回全国高校サッカー選手権決勝、野洲が延長の末に2-1で鹿児島実を破って、初優勝を飾った。

2006 年 1月 11日
【サッカー】 オランダ・ヘラクレスの平山相太、3試合連続ゴールで通算6点目を挙げる。

2006 年 3月 6日
【サッカー】 J2横浜FC、開幕戦の敗戦後、足立勇輔監督を解任。後任に高木琢也コーチ。

2006 年 5月 15日
【サッカー】 ドイツW杯日本代表メンバー発表。久保竜彦落選、巻誠一郎がメンバー入り。

2006 年 5月 30日
【サッカー】 日本がレバークーゼンでの親善試合でドイツと2-2で引き分け、目前のドイツW杯に向け順調な仕上がり。

2006 年 6月 4日
【サッカー】 日本サッカー協会の川淵三郎会長の失言により、代表新監督にJ1千葉のオシム監督が最有力であることが判明。

2006 年 6月 12日
【サッカー】 ドイツW杯予選F組、日本はオーストラリアからリードするも追いつかれ、終了6分の間に2失点1-3と逆転負け。

2006 年 6月 18日
【サッカー】 ドイツW杯予選F組、日本はクロアチアと0-0で引き分け、勝点1とするも予選突破は厳しい状況となった。

2006 年 6月 22日
【サッカー】 ドイツW杯予選F組最終日、日本はシュツットガルトでブラジルに1-4と敗れ、予選突破ならず。

2006 年 7月 3日
【サッカー】 中田英寿が自身のホームページで「半年ほど前からドイツW杯を最後に引退しようと決めていた」と引退を発表。

2006 年 8月 4日
【サッカー】 ジーコ氏の後任となったオシム監督の初陣となるトバゴ戦のメンバーが、13人という異例の少なさに。

2006 年 8月 24日
【サッカー】 横浜FM岡田武史監督、成績不振から辞任する。

2006 年 9月 17日
【サッカー】 U-17アジア選手権で日本が3大会ぶり2度目の優勝。U-17W杯出場が決定。

2006 年 11月 3日
【サッカー】 ナビスコ杯で千葉が鹿島を破って2年連続優勝。

2006 年 11月 26日
【サッカー】 J2横浜FCが初優勝、J1初昇格を決める。

2006 年 12月 2日
【サッカー】 今季ホームで無敗の浦和が、埼玉スタジアム6万2241人のJ1史上最多入場者の中、G大阪を降し初優勝。

2007 年 1月 1日
【サッカー】 天皇杯決勝は、浦和がG大阪を破って連覇。

2007 年 1月 8日
【サッカー】 高校選手権決勝、盛岡商(岩手)が作陽(岡山)を破って、初優勝を飾る。

2007 年 5月 9日
【サッカー】 AFCチャンピオンズリーグ、川崎フロンターレはインドネシアチームを破り、初の決勝トーナメント進出。

2007 年 7月 4日
【サッカー】 U-20ワールドカップグループF第2節、日本はコスタリカを1-0で破り、開幕2連勝。決勝トーナメントに進出。

2007 年 7月 25日
【サッカー】 アジアカップ2007準決勝、日本は2000年レバノン大会決勝で破ったサウジアラビアに2-3で敗れ、3連覇ならず。

2007 年 7月 28日
【サッカー】 アジアカップ、日本は3位決定戦で韓国にPK戦で敗れ、4位に終わる。

2007 年 8月 4日
【サッカー】 なでしこジャパンが北京五輪に出場決定。アテネに続いて2大会連続出場。

2007 年 8月 11日
【サッカー】 横浜FCの昇格で9年ぶりに復活した「横浜ダービー」は、

2007 年 9月 17日
【サッカー】 女子W杯中国大会、なでしこジャパンは1勝1分1敗。

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『歴史ポケットスポーツ新聞 サッカー』

■近藤泰秀 著
■新書サイズ・208ページ
■840円(税込み)
■主な掲載記事
「本邦初『フートボール部』誕生」「ベルリン五輪スウェーデン破る」「W杯初挑戦」「東京五輪ベスト8」「メキシコ五輪銅メダル&釜本得点王」「奥寺プロに」「Wユース日本開催」「メキシコW杯届かず」「アジアカップ初優勝」「ドーハの悲劇」「J開幕」「カズセリエAへ」「アトランタ五輪ブラジル破る」「日韓W杯開催決定」「フランスW杯」「日韓W杯開催」「ドイツW杯」「オシム・ジャパン誕生」など

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