HOME > 「まだある。」情報局 > 立ち読み > ゲイラカイト 1973年

「まだある。」を立ち読み

ゲイラカイト 1973年

ゲイラカイト 「♪お正月には凧あげてぇ~」の歌に素直に従って、我々世代はお正月には凧をあげた(なぜかコマのほうは黙殺した)。地元で「凧あげ」のメッカといえば代々木公園で、正月三が日はあの広大な公園の上空にいくつもの色とりどりの凧があがっていたものだ。しかし、子どもにとって凧あげは決して楽しい遊びではなかった。当時の凧は角凧、六角凧、奴凧などの和凧。こんな民芸品みたいなモノが空に浮かぶはずはないのである。結局、あげるのは父親、子どもはあがった凧の糸を「持たせてもらう」だけで、「つまんないし、寒いし、もう帰るぅ」ということになりがちだった。

 が、「ゲイラカイト」の登場で状況は一変する。悪魔っぽい目玉をギョロつかせたアメリカンなデザインにまずドギモを抜かれたが、とにかく「なんだ、これ?」というくらいによくあがるのだ。「科学の凧」とも呼ばれるその性能があまりに高かったため、ブーム期には電線へのひっかかり、鉄道、航空関係のトラブルなどが続出。販売元は新聞やテレビを通じた安全PRに全力を注がなければならなかったほどだった。

ゲイラカイトゲイラカイト(株式会社エー・ジー)
発売年:1973年

1973年、輸入品として上陸。翌年、エー・ジー(ブームになったスケートシューズ「ヒーリーズ」の販売元でもある)がゲイラ社と契約。大々的に売り出したが、さっぱり話題にならなかった。営業マンが各地で「ゲイラ」をあげる地道なPR活動の末、ようやくブームが到来。ブーム期には類似品が続出し、明治製菓までが「怪鳥スカイバット」なる懸賞品を配布していた(「ゲイラ」そっくりだが、羽根を空気でふくらませる凧だった)。デザイン、価格は発売当時のまま

̋L͂ĂȃubN}[Nɒlj