誰の胸にもある忘れられない食事の思い出。
一つの料理とともに人生の大切な場面が蘇る。
あなたの思い出の一品と物語はなんですか?
おふくろごはん
2007年12月 5日 16:27
学童疎開-。今どきの若者にはとんと馴染みのない言葉だろうが、シニア層にとっては戦争を語るときのほろ苦いキーワードの一つ。太平洋戦争の末期、大都市の多くの子供たちは、空襲を避けて集団で農村部に避難させられた。東京のNPO法人「大豆100粒運動を支える会」代表幹事、山下啓義(けいぎ)さん(写真)の「生涯忘れられないごはん」は、その学童疎開の最中の出来事である。
2007年11月19日 18:48
島には大自然がある。うまい魚と酒がある。歴史がある。ゆったりした時の流れがある・・・。こんな島を好きな自由人が集まる「日本離島研究会」というのがあると聞いて、数年前、一も二もなく参加した。25年前、この会を作った会長の阿比留(あびる)勝利さん(城西国際大学観光学部教授、写真)は、長崎県の対馬(つしま)出身。その「思い出ごはん」は、島のものではなくて・・・。
2007年11月 5日 19:18

ドイツ生まれの女優、マレーネ・ディートリッヒの持ち歌で世界的に有名な「リリー・マルレーン」。第二次世界大戦下、この曲が流れると敵も味方も銃を捨てて涙を流したという伝説の名曲だ。歌詞を知らなくても、曲が流れてくると「ああ、これか」とうなずく人も多いだろう。東京世田谷のNPO法人「50カラット会議」代表、志垣豊子さん(写真)の「思い出ごはん」は、亡き母が、台所でときにこの哀愁の反戦歌を歌いながら作ってくれた栄養満点のボリューム・スープである。
2007年10月15日 19:30

東に旨いものあると聞けば千里を道とせず、西に厨房あれば食材と愛用の包丁を持ち込み3分間クッキング。してその正体は・・・歯学博士。
東京は花の銀座でクリニックを開いている歯科医、金田洌(きよし)さん(写真)は、若いころから無類の料理愛好家。「世の中に嫌いな食べものがない」と食べまくり、作りまくってきたこの「B級グルメ大王」の「思い出ごはん」は意外なものでした。
2007年10月 8日 19:51

小田原蒲鉾の老舗の生まれにして元女子アナ。はたまたIT教育事業の社長という多彩な顔を持つ東京世田谷の鈴木延枝さん(イラスト)が、初めて「食の本」を書いた。「回り道をしたけれど、やっぱり食べ物が好き。日本の食の習わしのすばらしさを次世代の人々に伝えていきたいわ」と言うキャリア・ウーマンの「思い出ごはん」は、亡き母と一緒に食べた焼きたてホッカホカの「焼き芋」である。
2007年9月 3日 19:58

わびしげで、重厚で、ときには竹林をわたる風のような音・・・。猛暑が続いた8月の某日夜、東京・四谷の駅前飲み屋街の地下にある古いスナックで尺八のミニ・コンサートがあった。コンサートといっても奏者も聞き手も常連客。ジャズまで飛び出す現代尺八の斬新・多様な世界を楽しんだ。
2007年8月20日 19:05
1枚の写真がある。終戦の翌年、昭和21年夏に撮影された家族写真である。セピア色に変色しているが、食うや食わずの混乱の時代に何と明るい表情の一家だろう。前列左端に写っている少年、丸山泰彦さんの「思い出ごはん」はこの写真の時代にさかのぼる。
