誰の胸にもある忘れられない食事の思い出。
一つの料理とともに人生の大切な場面が蘇る。
あなたの思い出の一品と物語はなんですか?
家族ごはん
2007年12月24日 15:13
名前の通りまん丸顔。いつもにこやかなヒゲとメガネの紳士は、傘寿を超えてなお矍鑠(かくしゃく)。作家・評論家の塩田丸男さん(写真)は軽妙洒脱な人間学を説く一方で、食の本も数え切れないほどある。日本全国の山海の珍味を食べ尽くした無類の食いしん坊の「思い出ごはん」とは一体何か?
2007年12月20日 16:48
今風に言えば、ちょいわるおやじ。昔は、ホモ・ルーデンス(遊び人間)と呼ばれたこともある。東京のファッション写真家、林田昭慶(てるよし)さん(写真)は趣味百般「男の隠れ家」の達人である。とりわけ食いしん坊話を始めたら汲めども尽きぬ泉のごとく、その薀蓄はとどまるところを知らない。
2007年12月12日 17:21
少年のような柔和な笑顔にわかりやすい話。和食の達人として人気の野崎洋光さん(写真)は、東京南麻布の日本料理店「分(わけ)とく山」の総料理長である。話題のミシュランガイドで一つ星が付く以前から予約は数ヶ月待ち。40冊を超える著書に加えて、テレビなどでも引っ張りだこ。気鋭のプロの心に残る「思い出ごはん」は一体何だろう? ヤボを承知で聞きに行った。
2007年11月28日 20:06

「祖父は40代で軽い脳溢血を患ったこともあって、とても健康に気をつけていました。食事の時はいつも"よく噛みなさい"と言いながら自分もモグモグ、モグモグ、何時までもやっていましたよ」。俳句界の巨星、高浜虚子の孫の一人で神奈川県川崎市に住む経営コンサルタント、高木森二(写真)さんは、威厳の中に愛嬌のあった祖父の姿をよく覚えている。中でも高校受験に失敗したとき、祖父から振舞われた「なぐさめごはん」は忘れられない。
2007年10月31日 20:10

世の中に多芸多才な人は多いが、これだけ幅広い女性はそうはいないだろう。書家でエッセイストの小宮求茜(きゅうせん)さん(写真)。幽玄の「能」から激しい「ロック」まで。どこまでが仕事か、どこからが遊びか?自由奔放なアーティストは今日もカオスの街、東京を行く。
2007年10月 3日 20:16

(夕飯のあと)
「携帯もパソコンもTVもなかったのに、どうしてあんなに楽しかったのだろう」
昭和30年代の街並みと家族を描いてヒットした「ALWAYS 三丁目の夕日」の続編が11月に公開される。その古きよき時代をアクリル画にした団塊世代の女性イラストレーターの「昭和の小窓展」が東京杉並の小さな喫茶店で開かれている。
2007年9月26日 20:33

何気ない日常の中に、不幸は不意にやってくる。私の娘もそうだった。毎日、元気で働いていた。それが突然の入院でいきなり「すい臓がん。余命3ヶ月」。嵐のような闘病生活の4ヶ月目に他界した。娘は無名の市井人で、がんも珍しい病気ではない。だが、間もなくの3回忌(10月30日)に免じて、我が愛娘の思い出とその「思い出ごはん」を語ることをお許しいただきたい。
2007年9月24日 20:37

「にろぎ」という魚をご存知だろうか?「市場魚貝類図鑑」によると、スズキ目ヒイラギ科の「オキヒイラギ」。南日本から台湾まで棲息し、本種は高知県の名物「にろぎ」とある。軽くあぶる干物は絶品で、作家・壇一雄の『美味放浪記』で有名になったとか。今回の「思い出ごはん亭」客人である東京の粋人の思い出の一品である。
2007年9月 5日 20:46

「♪風の中の羽のように~」 赤いシャツをのぞかせた金ボタンのブレザー。両腕に力を込めてヴェルディのオペラ、リゴレットの「女心の歌」を絶唱する白髪の紳士。後ろでピアノ伴奏をするのは長年連れ添った夫人である。年を感じさせない元気さだが、昔のあの日の小さな出来事を思い出すたびに胸が熱くなる。
2007年7月16日 18:19

私の本棚には「年賀状名作集」と名付けたスクラップブックがある。毎年もらうたくさんの年賀状の中から図柄や文章で特に印象に残ったものを厳選して保存することにしてからもう10数年が経つ。年賀状の季節になると、パラパラとめくっては送ってくれた人の顔とセンスに思いを馳せるが、その中で一際、異彩を放つのが、本ブログのイラストを描いてくれた林丈二さんからのものである。
