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あゝ思い出ごはん

誰の胸にもある忘れられない食事の思い出。
一つの料理とともに人生の大切な場面が蘇る。
あなたの思い出の一品と物語はなんですか?

2007年11月26日 17:04 | ふるさとごはん

最北の百名山、利尻島のタコカレー

利尻島 北海道の利尻島を初めて訪ねた。飛行機のタラップを降りて後ろを振り向いたとたん、海から屹立して真っ白な雪を頂いた利尻山(1721m写真上、10月19日、西谷さん撮影)が眼前にあった。「おおっ」と思わず歓声を上げたまま、しばらく動けなかった。「利尻富士は一度見ただけで何故か人に自慢したくなる山だ」という本の通りだった。今回は、利尻町立博物館の学芸課長、西谷榮治さん(写真下)の日本最北の国境離島ならでは「思い出ごはん」の話である。

☆ニシン漁に沸いた歴史の島

 訪れたのは、晩秋の11月初め。東京や大阪から集まった日本離島研究会のメンバー10人ほどと一緒だった。2泊3日の滞在中、案内役を買って出てくれたのが、島に住む「地域会員」の西谷さんだった。

 ただ、酒を飲むだけでは研究会の名に恥じる、とばかり、西谷さん手作りのスケジュールは島の人たちとの交流が中心。町営ホテルの前の利尻町交流館で、初日は利尻山麓で獲った山葡萄を使って天然山葡萄ジュースを作る会、2日目は特産の天草を使った「心太(ところてん)」を作る会が開かれた。いずれも島の主婦たちがエプロン姿でやって来て、和気あいあいと楽しんだ。

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夜は、島南西部の長浜神社に伝わる獅子舞を操る青年たちとの懇親会。島には鰊(ニシン)や昆布など豊富な海産物を追って北上してきた明治時代の本州の漁師たちが、故郷を懐かしんで持ち込んだ文化が数多く残っている。鳥取県の因幡の麒麟獅子(中国の伝説上の一角獣)と呼ばれる獅子舞は、明治末期に持ち込まれ、大正期に入っていったん廃れていたが3年前、地元の青年たちの手で復活した。上の写真はその利尻麒麟獅子の頭部と西谷さんで、自身も笛を練習してお囃子方として参加した。

 そもそもこの島は、という歴史の話になると、島の青年たちから「学者」と畏敬の念を込めて呼ばれる西谷さんの独壇場である。

 曰く・・元々は火山島で1万年ほど前まではサハリンと陸路でつながり、約1500年ほど前にはオホーツク文化人と呼ばれる人々が海を渡って来たこと。「リシリ」は先住民族のアイヌ語の「リィシリ」から転じたもので「高い山の島」という意味であること。江戸時代からは日本の時代に入り、会津藩の北方警備などの歴史の跡が多く刻まれていること。明治以降、漁場が開かれてニシン漁が盛んに行われ、昭和30年代には人口が2万人を超えていたが、今は約6000人に減っていること。

 島の語り部のような西谷さんの頬がふとゆるんだのは、島の食事に話が及んだときだった。「私はカレーの具はタコに決まっているものとずっと思っていました」。ちょっぴり恥ずかしそうな表情で話してくれた「ふるさとごはん」の話が面白かった。後日、まとめてもらった文章は以下の通りである(概略)。

☆東京に何故「タコカレー」がないのか?

 利尻昆布を食べて育つウニが生育する海。島を取り巻く海は幼い頃からの遊び場だった。タコもたくさんいた。海で遊んで、岩場から足を滑らせて海に落ちることを地元では「タコとった」と言う。岩場でタコを見つけると思わず身を乗り出して海中に転落してしまうことからそう言った。私は子供の頃、いつもタコとっていた。

 島の高校を卒業して東京の大学に進学した。島の外で生活するのは初めてで、テレビや雑誌で見ていたことがすぐ目の前にあることの凄さを感じたが、生活で大きな違いを感じたのは二つあった。その一つはストーブ。島の家では居間の真ん中に石炭や薪ストーブがあり、ストーブでジャガイモなどを焼いて食べていた。ところが、東京の四畳半のアパートでは石炭や薪ストーブが全く使えない。初めてガスストーブを使ったが、ガス中毒が頭から離れない。夜寝るときは寒くても窓を開けて外気を入れることもあった。

 もう一つの違いはタコである。慣れ親しんだタコが身近に食べられない。島で最も一般的なおかずはタコとキャベツの油炒め。さっと醤油をかけて食べる。これがいつもの食べ物だった。それにカレーライス。東京のカレーライスはジャガイモやニンジンの野菜はもちろんだが、肉が必ず入っている。島のカレーライスには肉はない。必ずタコが入っている。東京でタコの入っているカレーを探したがついに出会えなかった。

 人々を惹きつける利尻の山と海だが、島の食堂にタコのかき揚げをのせた「タコ天そば」はあるものの、タコカレーを食べさせる店はない。しかし、島の人たちは今もタコカレーを食べ続けている。島に来た人たちにもタコカレーを食べてほしいと思っている。

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 ニンマリしながら読み終わって、私は念のためウェブで調べてみた。すると、あるわ、あるわ、タコカレー。すぐ近くの稚内でも、肉の代用品として宗谷海峡産のタコを使ったタコカレーが昔から家庭の味として受け継がれて、レストランでも食べられる。タコの本場として知られる兵庫県明石市を始め、名称は違ってもたくさんのシーフードカレーの中にタコカレーがある。

 西谷さん!何の遠慮がいるものか!自信を持って美味しいタコカレーを、そして利尻島の食文化をぜひ広めてください!

 ☆西谷榮治さんのブログ「リシリヒナゲシの咲く麓から」は rishiri.info で開けます。

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