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あゝ思い出ごはん

誰の胸にもある忘れられない食事の思い出。
一つの料理とともに人生の大切な場面が蘇る。
あなたの思い出の一品と物語はなんですか?

2007年11月21日 13:37 | まぜまぜごはん

卵かけごはんは別腹

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 アツアツの炊きたてごはんに卵と醤油。ただそれだけで立派な食事になる「卵かけごはん」。近頃は、専用の醤油が売り出され、「卵かけごはんシンポジウム」まで開かれるなど大人気。女優の冨士眞奈美さん(写真)も「食べたい!」となると矢も楯もたまらず、夜中でもごはんを炊くほどの大好物である。

☆俳人・衾去

 眞奈美さんは、近年、俳人としての活躍がますます目立つ。俳号はご存知「衾去(きんきょ)」。江戸大奥の時代、将軍との同衾を辞退する「お褥(しとね)下がり」に例えて、「同衾」はもうお終い、男女関係はもう卒業したよ、という洒脱の姉御なのである。

 言葉遊びに興じていた若い頃の句には元気旺盛の句がたくさんある。例えば、芭蕉の「秋ふかし隣はなにをする人ぞ」をもじった「秋深し隣毛深き妾かな」とか「新涼や歯を抜く女医の腋毛見て」という破(ば)れ句。女医の句は、ある句会で今はなきエッセイストの江國滋さんが「面白い」と選んでくれた。

 秋刀魚食って男は帰る終電車

 というのもある。一読、この句のどこが面白いの?と怪訝な顔をした友人がいた。愛人の家で秋刀魚を食い、終電車で自宅へ帰って行く、というけちな不倫男が想像できないか?この朴念仁め! 「緑陰へ乳房頷(うなづ)き駆けて来る」という句は、乳房が「うなづく双子のように揺れた」という若さと躍動感あふれる見立てである。

 この人の句で私の最も好きなのは

 Kといふ男許さず夏燃ゆる

 男はMでもSでもいいのだが、Kという音(おん)の強さと明るさ、強い憎しみの感情が「燃える夏」にぴったり。

 花影や恋なきものも抱擁す
 時雨きて男半端な顔となる
 あの頃と言ひ淀むとき祭笛

 エロスと皮肉(逆説的なものの見方)が衾去俳句の大きな特徴、と評したのは俳壇の大御所、金子兜太さんだった。

 実は、私は眞奈美さんの俳句友達の末席の一人である。一昔前、この人を中心に、気のおけない仲間が集まってこじんまりした句会を作った。酒の合間に句を作る典型的な「遊俳句会」だが、衾去さんは、心も身体も大きくていつも笑顔。句友としての内緒話だが、食べることが人一倍好きで、「夜中の卵かけごはん」の話は、句会のときにたびたび耳にしていた。

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☆子供のころは大ご馳走

 卵かけごはんの食べ方には、大別すると二つの流儀、作法がある。ごはんの上に卵を直接ポンと割り込むか、あらかじめ溶いたものをごはんにかけるか?真奈美さんは「割り込むのに決まっているじゃない!事前に溶くのは、卵が貴重品で家族全員の分がなかった昔の話よ」と単純明快。以下、眞奈美流、卵かけごはんの楽しみ方である。

 卵かけごはんの要諦は、第一に何といってもアッチチ!と叫ぶくらいのアツアツ炊き立てごはんでなくちゃ。ごはん茶碗は大きからず、小さからず。ちょうど抹茶茶碗くらいの中丼がいいわね。ごはんの真ん中に穴を開けて割り込み、生醤油をたらしてよくかきまわしてからいただきます。半熟に焼いてから食べるのも美味しい。あまり火を通さず、黄身はほぼ生の状態よ。

 卵はやっぱりお取り寄せ。黄身が盛り上がるしっかりしたもの。黄身が2個入っている卵に出会うと妙にうれしかったけれど、最近はとんとお目にかからなくなった。ニワトリが初めて産む「初卵」を送ってくれた知人もいた。小さくても美味しかったわ。お米も知人に送ってもらうけどごひいきは、新潟のコシヒカリと山形の「はえぬき」です。

 ふるさとは静岡の三島と沼津の間の駿東郡清水村(現清水町)。東洋一の湧水量を誇り、名水100選にも選ばれた柿田川が流れていて、クレソンが密生していた。田んぼの真ん中の我が家は、300坪の広い庭の畑で"おかぼ"と呼ばれる「陸稲」も作っていた。

 ニワトリは5、6羽ほど飼っていたかなあ。卵を産むとコ、コ、コ、コと鳴いて知らせるので走っていくと、下草の竜のひげの中に生温かくてぶかぶかの殻の卵がある。早く取らないと親鳥が食べちゃうんだから。

 女女女男男女の6人姉弟の三番目。すぐ下の弟は女ばかり続いたあとにやっと生まれた男の子で、母には特別可愛がられた。随分あとになってから母が笑いながら、あなたたちは気が付かなかっただろうけど、卵かけごはんのとき、弟のごはんの下には最初から卵が一個隠れていたんだよ、と告白した。知っていたら(喧嘩になって)大変だったわよ(笑い)。

 眞奈美さんは、テレビや舞台などの仕事の合間に、今もBMWのスポーツカーを乗り回し、メジャーリーグを観戦し、オペラを楽しむ。句会は取り混ぜて5つほど。来年はじめには初めての句集を出す。ひょっとしたらその元気の素は卵かけごはんだろうか?

 ある年の暮れ、横浜中華街で開かれた落語家の入船亭扇橋さんや小沢昭一さんたちの「東京やなぎ句会」忘年句会に、俳人鷹羽狩行さん、岸田今日子さん、吉行和子さんらとともにゲストとして呼ばれた。最後の締めの一品に出てきたのが卵かけごはん。みんな中華料理でお腹いっぱいのはずなのに「うまい、うまい」と食べた。
 「卵かけごはんは別腹なのよ!」
 衾去さんは嫣然(えんぜん)と微笑むのである。

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