HOME > あゝ思い出ごはん > この村電気なかりけり

あゝ思い出ごはん

誰の胸にもある忘れられない食事の思い出。
一つの料理とともに人生の大切な場面が蘇る。
あなたの思い出の一品と物語はなんですか?

2007年10月10日 19:59 | ふるさとごはん

この村電気なかりけり

画像

 東京池袋のランドマークタワー、60階建てサンシャインビルのすぐ近くで姉と二人で小さなスナックバー「ビバ」を経営する坂本依誌子さん(写真左、右は俳人鈴木真砂女)は、俳句とお茶を嗜む趣味人。興が乗ると「この話は誰も信じてくれませんが・・・」と前置きして、故郷・熊本の電気のない村でランプ生活をしていた少女時代の「明るいビンボー物語」を楽しそうに話し始める。

☆俳句とお茶と

 坂本さんは、安倍前首相と同い年というから50路の坂を越えたばかり。俳句は、かの「俳句の天才」久保田万太郎が初代主宰を務めた名門結社『春燈』の会員。銀座で小料理屋を開いていた女流俳人、鈴木真砂女には一緒に芝居見物をしたり、たくさんの着物を譲られるなど、ことのほか可愛がられた。

 4年前、96歳で愛憎流転、波乱の生涯を閉じた真砂女は

  今生のいまが倖せ衣被(きぬかつぎ)
  羅(うすもの)や人悲します恋をして

  など数多くの名句を残したが、坂本さんが一番好きなのは晩年の

  戒名は真砂女でよろし紫木蓮(しもくれん)

  自身の代表句は

  少しだけ泣けば気の済む春ショール

  句友からは親しみを込めて「春ショールさん」と呼ばれる。お茶は裏千家の専任講師である。

画像

☆山の中に4戸の寒村

  春ショールさんの故郷は熊本県中央部の宇土市。宇土半島の中ほどの国道から約5㌔、徒歩で1時間かかる山中の4戸しかない集落の農家(写真、手前が坂本家=今はもうない)に生まれた。電気を引いてもらえる「5戸以上」の条件に満たず、水道もガスもない藁葺き(わらぶき)の家。明かりは自在鉤(かぎ)にかかったランプ、煮炊きはくど(かまど)、暖を取るのは囲炉裏や火鉢だった。

画像

 今ではアンティークの店にでも行かなければ見られないランプ(写真)は、ガラス製の照明器具で、隙間風が入ると炎が揺れ、人の瞼(まぶた)のように絶えずチロチロと瞬いている。灯油を吸い上げる芯にマッチで火をつけたり、火屋(ほや)と呼ばれるガラスの筒を磨くのは子供の仕事だった。

 山道を下って1時間の小学校には朝6時には家を出て通った。登下校の山道には、ツタやグミの実などがふんだんになっている。あるとき、家庭科の授業で「家にどういう電気器具があるか挙げてみなさい」と指され、顔から火が出る思いをした。全校生徒の中で電気のなかったのは、同じ集落の子供たちだけだった。1964年の東京五輪のときは、小学5年生。「テレビで見たオリンピックの感想を書きなさい」と言われて困ったことも覚えている。

☆楽しかった雛祭り

 5人兄弟の3女。母は1歳のとき、父は6歳の時に死亡して父方の祖母キワさんに育てられた。「畳の縁を踏むな」「敷居に乗るな」などのしつけから料理まで生活の知恵のすべてを明治生まれのおキワばあちゃんに教わった。

 村でも評判の美人だったばあちゃんは、働き者で踊りの名手だった。高度成長期の「時代」から取り残された貧しい生活だったが、四季折々の年中行事は大切にしていつも手作りのご馳走を作ってくれた。

 行事は、初朔日(はつついたち)の旧2月1日、夏の川祭りと井戸さらえ、秋の豊作祈願相撲、15夜の綱引き・・・。料理は、熊本名物の「いきなり団子」(薩摩芋を小麦粉でくるんで蒸した郷土菓子)、香りがすばらしい「みょうがまんじゅう」、甘酒、だご汁など。どれも見た目はよくはないが、美味しかった。

 とりわけ楽しかったのは3月の雛祭り。ばあちゃんは、子供たち一人一人に用意した三段重ねの朱塗りの重箱にご馳走を詰めてくれた。一の重にはごはん茶碗一個分はある大きなおはぎ。二の重は赤飯のおにぎり、そして三の重には「てんぴら」と呼ぶ薩摩揚げ、竹輪、里芋、油揚げなどをたっぷり使った煮しめ。材料はすべてが家の周りで採れた新鮮素材。子供達はこれを持って近くのお尻の形をした「じごんす山」に登って食べたものだった。山の上からは遠く阿蘇の噴煙が見えた。

 夏みかんこの村電気なかりけり
 阿蘇の煙遠く見ゆるよ蕨(わらび)狩り

 おキワばあちゃんは、31年前、85歳で亡くなった。遺品の中から、一番のおばあちゃん子だった春ショールさん名義の郵便貯金通帳が1冊出てきた。毎月、爪に灯をともすようにして100円づつ定期預金したお金がちょうど5万円分貯まっていた。

【風天 渥美清のうた】 森 英介 著
映画「男はつらいよ」誕生40周年 / 渥美清13回忌 記念出版
定価1800円(本体1714円) 四六判、上製、304ページ、口絵付
詳しくはこちら
前の記事 | 病床の母と食べた幸福の焼き芋

次の記事 | ドクターはB級グルメのコック長