HOME > あゝ思い出ごはん > 植村直己の「思い出ごはん」その2 激辛!ウエムラ味噌
誰の胸にもある忘れられない食事の思い出。
一つの料理とともに人生の大切な場面が蘇る。
あなたの思い出の一品と物語はなんですか?
2007年7月16日 18:30 | 旅ごはん
冒険家・植村直己さんの妻、公子さんを初めて知ったのは、直己さんがマッキンリーで消息を絶ったときのテレビのニュース番組だった。
「いつも冒険とは生きて帰ることと偉そうに言っていたのに、ちょっとだらしないんじゃないのって、言ってやりたい気持ちです」。
大勢の報道陣を前にして、悲しみをこらえながら、気丈に答える公子さんの姿には驚きを通り越して深い感動を覚えた。
その後ひょんなことから一緒に酒を飲んだり、句会を共にさせていただくなどお近づきを得たが、下町っ子の明るさと竹を割ったようなさっぱりした性格。サービス精神あふれるユーモラスな会話で周囲の人を和ませる。
「植村ったらおかしいのよ。いつか一緒に町を歩いていて、公ちゃん!このゲッキョクという会社は大きい会社だね、どこに行っても看板がある、って言うの。何事かと思って指差す方を見ると駐車場に"月極"と書いてあった。月極め契約の表示を会社名と間違えたわけ。アハハハ」
「植村直己人気がいつまでも続いているのは彼の功績だけでなく、公子さんの人柄がつないでいるのでは」という公子ファンも多い。
倦怠期なきまま逝きし冬銀河
元々の書家として活動を続ける一方、公女の俳号で始めた俳句も結社同人になるほど腕をあげた。この句は、直己さんへの数少ない追悼句である。
新婚5ヶ月の妻に「すぐ帰るから」と言って北極圏1万2千キロの犬ぞりの旅に出かけ、1年半も帰らなかった夫。家にいるときは、鮭の頭、鯖の糠(ぬか)漬けなどが好物だったが、「贅沢は罪っぽく感じる人でしたから、私は楽でした。でもやらせれば、料理は私より上手なくらいでした」と笑う。
客が来るからと言って時々作ったのが、通称「ウエムラ味噌」(イラストはその素材=山原拓治画)。
元々は登山を終えて山を下りるとき、残り物の材料をきざんで味噌でかき混ぜた在庫整理食。家で作るときは、ネギ、シソ、大根、ウド、ナス、ピーマン、タマネギ、しいたけ、にんじん、ニラ、にんにくなどありあわあせの野菜を細かくきざみ、味噌はできれば麹味噌、鷹の爪、ゴマ、豆板醤、サラダオイルなどでかき混ぜる。
簡単に作れて、栄養があって、おいしくてしかもモーレツに辛い。酒のつまみにもごはんのおかずにもぴったりと好評だった。
公子さんの胸元には、ピッケルを形どった小さなヘッドの金のネックレスがいつも揺れている。
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