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玉城ちはるスペシャルインタビュー128枚の写真が語る“昭和力”を歌に込めていまに伝える

CS放送・ヒストリーチャンネルの日本開局10周年特集「いま、ニッポンに昭和力」では、戦後の復興、高度経済成長の原動力となった日本人の力を“昭和力”と定義し、様々なドキュメンタリー番組を放送。そのひとつ「百二十八枚の広島~写真から見つめる昭和の足跡~」に出演するシンガーソングライターの玉城ちはるさんに、昭和20~30年代の広島の写真や復興を生き抜いた地元の人々へのインタビューを通して感じた昭和力、そして番組主題歌に込めた思いを聞いた。【構成=村田朋良】

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アナログな人間関係こそ"昭和力"の一端

── まずは、玉城さんがシンガーソングーライターとしてデビューされたきっかけを教えていただけますか?

【玉】 昔から曲を作ったり、歌ったりすることがすごく好きでした。シンガーソングライターとしてのスタートは本当にささいなこと。自主製作映画に出演していたことがあって、その監督さんが私の曲を使いたいと言ってくれたんです。そして、監督さんが徐々に活躍していくにつれて、私の曲が使われる機会も少しずつ増えていったんです。監督さんとの偶然の関わり合いが、その後の新しい出会いに繋がり、草の根的に深く大きく成長していきました。そんな“ザ・昭和力”といったアナログな人間関係のおかげで、いまの私がいます。原宿を歩いていてスカウトされたとか、そんなセンセーショナルなものじゃないんですよ(笑)。

留学生らから「ママさん」と親しまれているエピソードを
笑顔で話す玉城さん

── 玉城さんはホストマザー(留学生のホームステイをうけいれる家で母親の役割をする人)という顔もお持ちだそうですね。

【玉】 そうなんです、言ってみれば7人の子どものママなんですよ。平和のために私ができることって何だろうと考えていて、8年前から始めました。当時は反日運動が盛んだったころ。そんな情勢で来日した韓国や中国からの留学生たちは、住む家を探すことにとても苦労していたんです。せっかく日本に来てくれたのに、嫌な思い出を抱いて帰国して欲しくないじゃないですか。それで、これまで20人ほどの学生たちの生活をサポートしてきました。いまは3階建ての一軒家で、私を含めて8人で共同生活をしています。血がつながっているわけではないけれど、そこには家族のような深い関わり合いがあって、愛やケンカが生まれます。そんな人間臭くて、昭和のような濃いコミュニティが、曲作りのヒントにもなったりするんですよ。

── 昨年発売された「君が愛の種」は、そんな留学生たちに送った歌だそうですね。

【玉】 いまがつらくても、君が胸に抱いている希望や愛の種が芽吹く時が必ず来る。いまの中国と韓国、日本がすぐ仲よくなるとは思わないけれど、いつか、たとえ私が死んだあとにでも、私や彼らがまいた小さな種の花が咲き、みんなが幸せになればいいなと。そんな平和へのメッセージを込めた歌です。

玉城ちはる

玉城ちはる【たまき・ちはる】

昭和55(1980)年生まれ、広島県出身。シンガーソングライター、ホストマザー。女優として活動をスタートし、数々のCMやインディーズ映画、テレビ番組に出演。その後、シンガーソングライターに転身し、平成20(2008)年に1stシングル「針と波紋」をリリース。収録曲「シンカイノハモン」が映画「刺青・背負う女」の主題歌に起用された。ヒストリーチャンネル特別番組「百二十八枚の広島~写真からみつめる昭和の足跡~」の主題歌「ここにいること。」を含む2ndミニアルバム「ここいいること。」が2月23日に発売。