

戦後になると、新たな浅草名物が登場する。50(昭和25)年、屋上にある建物のさらに上に設置された巨大な円盤「スカイクルーザー」である。当時としてはデザインも機構も、まったく類をみない斬新な乗りもの(?)だ。浅草を一望でき、夜はライトアップされてランドマークとなった。「ショック集団」「裸のキッス」などを撮ったアメリカB級映画の帝王サミュエル・フラーも「スカイクルーザー」に目をつけ、日本ロケ映画「東京暗黒街・竹の家」(55年)に登場させている。
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進化し続けた屋上遊園地だが、70年代初頭、日本各地のデパートで急速に縮小されはじめる。各地で相次いだデパート火災をきっかけに消防法が改正。屋上には十分な空きスペースを設けなければならなくなり、本格的遊園地の営業は不可能となってしまう。
僕たち世代が遊んだのは、その縮小後の小型遊園地だったわけだ。そして現在、少子化や屋上緑化運動の広まりで、それさえも姿を消そうとしている。安全はもちろん最優先されるべきだし、環境問題への対策も重要だ。しかし、デパートの屋上から子どもたちの歓声が消えてしまうのは、やはりなんだか少しさみしい。
松屋浅草の屋上には、僕たちが親しんだデパートの屋上の楽しげな光景が、今もほぼそのままの形で残されていた。土日ともなれば、子ども連れの家族客で活況を呈する。あの屋上で遊んでいる浅草っ子たちは、僕たち世代と同じように「デパートの屋上って楽しかったなぁ」という思い出を抱きながら大人になるだろう。現代っ子としては希有な、そしてとても幸福な子どもたちだと思う。
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