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東京 屋上物語 「松屋浅草」

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「バカとケムリは高いところにのぼりたがる」などという言葉があるが、昭和の子どもは「高いところ」が好きだった。

遊戯施設やペット売り場、喫茶コーナーが充実していたデパートの屋上。東京タワーをはじめとする各種タワー、そして観光名所的な役割も帯びていた高層ビルの展望台……。

特に1960~70年代の高度成長期、子どもたちは「高いところ=楽しい」という確固たる確信をもっていたのである。

今も残る昭和の「高いところ」から、あの時代を、あのころの街並みを、そしてあのころの僕たちを、もう一度眺めてみよう。

文=初見健一

1970年代の初頭くらいまでは、デパートは単なる商業施設などではなく、家族で「おでかけ」する輝かしい場所だったはずだ。

「よそいき」を着せられた子どもにとって、「おもちゃ売り場→大食堂でお子様ランチ」の黄金コースをしめくくるのは、もちろん「屋上遊園地」でのひとときだ。

かつては多くのデパートにあった「屋上遊園地」は、1931(昭和6)年開業の松屋浅草に端を発すると言われている。今回、同店の資料を拝見し、愕然としてしまった。

60年代末に生まれた僕たちも、「屋上遊園地」で遊んだ世代だ。しかし僕たちがものごころついた時代は、実は多くのデパートが遊具を撤去しはじめた時期だったのである。僕たちは「本当の屋上遊園地」に間に合わなかったのだ。

さらに1世代昔、デパートの屋上には、僕たちの知らない絢爛豪華な「子どもたちのユートピア」が広がっていた。

 

戦前 -- デパートを庶民のものに

1930年代くらいまで、デパートはあくまで「上流階級」の顧客をターゲットにした格式の高い場所だった。当時のデパートの屋上につきものだったのは、有閑マダムたちが社交場として利用する「空中庭園」。1907(明治40)年に日本橋三越が初めて屋上に庭園を設置して話題になり、各地のデパートもこぞって採用した。

しかし、銀座や日本橋とは違い、浅草は「庶民の街」だ。松屋は浅草で開業するにあたって、地元の主婦と子どもをターゲットにした独自のコンセプトを練っていった。その一環として、屋上には庭園ではなく遊園地を置くという画期的なアイデアを採用する。そして31(昭和6)年、松屋浅草開業と同時にオープンしたのが、屋上遊園地「スポーツランド」だ。

開業の翌年、世間のドギモを抜いたのが空中ゴンドラ「航空挺」。この屋上を縦断するロープウェイは浅草の新名所となった。



『時代の旅人』

時代を振り返ると、遠い記憶の中で懐かしい光景が甦ります。 子どもの頃に流行った遊び、テレビ、アニメ、映画、音楽、スポーツ、駄菓子屋で買ったあのお菓子、ジュース、おもちゃ、カード、ブロマイド……。
『時代の旅人』のコンセプトは、あの時のドキドキやワクワクを再現することです。

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